『ぼくのいる街』『TOMORROW 明日』

molmot2007-05-29

追悼特集 映画監督 今村昌平と黒木和雄

 よく観る機会があるからと通わないのは間違いで、今村・黒木作品を何度でも観返さなければならないのだとは分かっているが、結局は普段観る機会のない作品がかかる時のみになってしまう。
 フィルムセンターで黒木和雄と言うと、丁度3年前、『キューバの恋人』がかかった際に未見だったので、イソイソと向かってエレベーターに乗ったら、黒木監督も乗ってこられ、僅かの時間二人きりになって、えらく緊張したのを思い出す。あの時は黒木監督が亡くなるとは思ってもみなかった。


131)『ぼくのいる街』  (東京国立近代美術館フィルムセンター) ☆☆☆★★ 

1989年 日本 平和博物館を創る会 カラー ビスタ 23分
監督/黒木和雄    出演/田中清久 荻野目洋子


 何度か観る機会はありながら、ずっと見逃していたが、これが素晴らしい秀作で、僅か23分ながら、黒木和雄の戦争への思いが、往年の岩波〜『とべない沈黙』の頃のような軽やかさも感じさせつつ、凝縮された作品に仕上がっていた。
 ライブフィルムと、スチールと、現在の銀座に居る戦時中の少年「ぼく」とを組み合わせた構成で、開巻の模型飛行機を持った少年が、現在の銀座を歩く姿からして引き込まれる。この浮遊感は、『とべない沈黙』の蝶を追う少年を思わせる。少年の実写パートは、ハイスピード撮影で処理されている。銀座の路地、ビルの階段を降りる姿などが、それによって捉えられ、一種現実から浮遊したような場として見える。
 殊に凄いのは、日の丸、雨に包まれた銀座を映し出したことで、次の瞬間には、黒い車が画面を下手へ去っていく。勿論これは大葬の礼での昭和天皇を乗せた車であり、和光のギャラリーに飾られた昭和天皇の写真をも映し出す。そして、画面には、少年による戦争が淡々と語られ続ける。と書けば、如何にもこれ見よがしに、天皇と戦争を描いていると思われかねないが、黒木和雄はそんな露骨なことはしない。普通に観れば、昭和天皇が亡くなった時期に撮られた銀座から見た戦争を描いた作品に見える。しかし、その下には、天皇の存在と戦争が強烈に刻み込まれており、戦争四部作で、天皇の存在を露骨に感じさせることはなかった、しかし、常に日常に天皇の影はそこかしかしこにあった―、それだけに、ここまで正面切って、天皇を描いたことに驚きつつ、それでいて、初期作から抜け出してきたような少年の視線に感動しつつ、本作が、黒木作品の重要作であることを確信した。
 スチール、少年、といった要素から、大島渚の『ユンポギの少年』を思い返すが、本作はあの方法論を更に発展させて、現在の銀座に少年を走らせることで、あの頃と現代とは一直線上の地続きであることを鮮やかに描ききっている。

132)『TOMORROW 明日』[本編表示題:明日]  (東京国立近代美術館フィルムセンター) ☆☆☆★★ 

1988年 日本 ライトヴィジョン=沢井プロ=創映新社 カラー ビスタ 105分
監督/黒木和雄    脚本/黒木和雄 井上正子 竹内銃一郎     出演/桃井かおり 南果歩 仙道敦子 黒田アーサー 佐野史郎 岡野進一郎 長門裕之 殿山泰司 草野大悟 絵沢萠子 伊佐山ひろ子 なべおさみ 入江若葉 横山道代 荒木道子 馬渕晴子 原田芳雄 田中邦衛
TOMORROW 明日 [DVD]

 1988年製作の作品だから、たぶん翌89年のことだろうから、小5の頃だと思うが、「金曜ロードショー」で『TOMORROW 明日』が放送された。黒木和雄の作品を初めて観たのがその時だと思う。
 それまでにも、漫画、学校で見せられるような映画で、原爆を描いた作品というのは観ていたが、本作で驚いたのは、原爆を直接描くのではなく、日常生活を丹念に描き、ラストで原爆が投下されて一瞬で全てが無に帰すという構成だった。
 よほど衝撃的だったと見えて、当時、何かのときに漫画を描かされたのだが、それも、ラストまで普通の描写で引っ張って、オチが原爆投下という―、ま、殆どパクっているワケだが―をやっていた。以降も、学生の時撮った自主映画もラストは爆発で終わるし、『テロルの季節』とか、爆発で終わる映画にはやたらと惹かれるのは、この時の経験が元ではないかと思う。
 久々に見返してもやはり秀作という思いは変わらず、又、晩年の戦争三部作と比較して、遥かに豊潤な予算がかかっていることを思い、本当はこれぐらいの規模で撮りたいものもあっただろうになと思えた。
 原田芳雄がいくら黒木との盟友とは言え、僅かの出演だからと食ってやろうという気マンマンの演技うをするのが困るとか、絵沢萠子伊佐山ひろ子が流石と言うべきか、妙な色気を撒いているのが良いとか、思わぬ発見もあったが、この四部作は繰り返し見返したしたいし、再見にも時の腐蝕にも耐えうる秀作だ。


トーク・イベント:ゲスト:日向寺太郎氏(映画監督)

 『誰がために』で実直な作風でデビューした日向寺太郎監督による黒木和雄の思い出が語られた。印象的だったのは、晩年の戦争四部作などから、黒木和雄=戦争というような枠でしか語られないことへの不満を表明していたことで、勿論、それも黒木和雄の重要な一面ではあるが、それだけの監督ではない。冗談かどうか知らないが、ミュージカルをやりたいと言ったり、幅広い作風の持ち主だった、というようなことを言っていたことで、非常に納得した。と言うのも、昨年のETV特集の放送後、あの番組を観て黒木作品を観ようと思い、戦争四部作を観て良かったというヒトが居て、あんまり戦争と黒木ばかり言ってるので、あの番組では晩年は戦争モノしかやってないように見える構成になっているが、本当は『スリ』という面白い映画が間に撮られているんだから、それも観てくれと。あと『竜馬暗殺』がとか、『日本の悪霊』で岡林信康が…などと言って薦めたものの、でもやっぱり戦争映画の…と拘っていたようだった。そんなこともあって、日向寺太郎の発言には納得するものがあった。
 最後に日向寺太郎の次回作として語られた作品が少し驚いた。劇場アニメ、TVドラマ化に続く三度目の映像化にして、初の実写映画化となる、野坂昭如原作の『火垂るの墓』だそうで、今夏クランクイン、来夏公開とのこと。
 元々は、黒木和雄の元に来ていた企画だそうで、それを引き継ぐ形で、門下の日向寺太郎の監督、黒木組のスタッフによって映画化されるとのことで、理想的な形での映画化になりそうだ。
 既にリアリズムに徹した高畑勲のアニメ版の存在があるだけに、ハードルは高いだろうが、日向寺太郎の手腕に期待したい。