幻の中島貞夫監督作品『家畜人ヤプー』

 id:eichi44さんとこで『家畜人ヤプー』映画化のハナシを知る。
http://www.yapoo.skr.jp/index.shtml

 
 康芳夫製作総指揮で、メインキャストも監督も公募という胡散臭さ満載なのは良いとして、監督に最も相応しいのは中島貞夫に決まっている。
 と言うのも、嘗て中島貞夫は『家畜人ヤプー』の映画化に挑み、脚本も既に完成しており、準備段階までは行っていたのだ。『シナリオ』誌に金子武郎掛札昌裕中島貞夫共同執筆による脚本が掲載されたのは1974年だから、ハナシは60年代末から70年代前半のことである。

・「シナリオ 145」  シナリオ作家協会 S.49.2.1
『無法松故郷に帰る/今村昌平
家畜人ヤプー/金子武郎掛札昌裕中島貞夫
仁義なき戦い 頂上作戦/笠原和夫

 自分はこの脚本をまだ入手していないので内容は不明だが、映画化の過程については、『遊撃の美学―映画監督中島貞夫』で詳しく伺えるので参照してもらうとして、中島貞夫と『家畜人ヤプー』の因縁が面白い。   
 『にっぽん’69 セックス猟奇地帯』に登場するマゾヒスト(バーのカウンタ−の下で踏まれることに快感を覚える性倒錯者で飲尿したりする)は原作者の沼正三で、そこから関係が出来、当時『奇譚倶楽部』に連載中だった『家畜人ヤプー』出版前にやり取りがあったようだ。
 中島が乗り、映画化に動こうとしたらしいが、その際に興味深いのは以下『遊撃の美学―映画監督中島貞夫』から中島の発言を引用すると、

これ出来ないかなと。すると彼が自分は一切表に出たくない、代理人を立てるので彼と話してくれないかとなった。来たのが康芳夫という男で、大学の美学の後輩だったんですよ。台湾国籍で頭がいいやつだけど、かなりの商売人だったんです。だから「映画化の話は幾つか来てるけど、もし監督がやるのなら沼も絶対渡してやってくれと言ってるんで、手付けだけでも打ってくれないか」ということになりました。当時で最終的に二百万払いましたよ。金ねえから、文ちゃん(菅原文太)なんかに借りたりしてね。

 当初は当然東映でやるつもりだったようだが、岡田社長の、日本の女に日本の男が便器にされたりしてとことん仕える話だから東映本社が右翼に攻撃されるという声で他社でやらざるをえなくなり、創造社のプロデューサー山口卓治に入ってもらい、虫プロも関係したり、遂にはイタリア資本でやるというハナシになったようである。
 その際、山口の意見を取り入れ、

かなり膨大だからひとつ『猿の惑星』みたいな集約の仕方にしようと、異界から入って来て異界に逃げる、逃げるときに地球がなくなってる。だからそれには『猿の惑星』みたいな構造を作れば何とかなるんじゃないかと。それで脚本を作ったんですよ。

 又、イタリア側からイメージプランが欲しいと言われ、美術を担当したのが池田満寿夫だったりと、かなりの異色大作になる予定だったようである。結局、膨大な金がかかることが分かり、イタリアの資金不足も手伝って、ハリウッド資本ぐらいないと実現できないとなり、<むなしく金が飛んでいった>まま終わったようである。
 ただし、中島貞夫の『家畜人ヤプー』への思いは、『にっぽん’69 セックス猟奇地帯』を経て、東映のセックス・ドキュメントシリーズの『セックス・ドキュメント 性倒錯の世界』でささやかながら実現させているらしい。らしいと言うのは、『にっぽん’69 セックス猟奇地帯』は観ることが出来たが、『セックス・ドキュメント 性倒錯の世界』は未見のままだからで、SM、ホモ、レズ、近親相姦を描き、東郷健も出演しているらしい。
 60年代末から70年代前半にかけて、『家畜人ヤプー』映画化を、中島貞夫から、東映虫プロ、創造社、イタリア映画界、果ては間接的ながら菅原文太まで巻き込んで進んでいたというのは、やはり面白いなと思う。
 ここに来て、再び『家畜人ヤプー』映画化の噂、しかも60年代末も現在も康芳夫が暗躍する不気味さなど、興味は尽きないが、個人的には、中島貞夫に撮ってもらいたいなと無茶を承知で思ったりするが、中島本人が前述の著書で、沼正三などが繰り返し脚光を浴びることについて問われているが、その回答が適確で、現在果たして『家畜人ヤプー』を映画化する意味があるのかを考える上でも示唆に富む回答となっているので、最後に引用しておく。

人間の危機意識が旺盛なときには出てこないでしょうね。性の話は社会が緊張関係にあるときは、表に出てこない。出てくる時代背景は、確かにあると思います。我々の体験でいえば戦争中だって、あることはあるのだけど、表に出て来るかたちではなしに存在する。そういう物が浮上してくるというのは社会的な緊張関係がないときに、一つの突起物的に見えてくるということじゃないですか。簡単に言えば栄養失調だと、そんなこと言ってられないもんね。


※資料文献 
『遊撃の美学―映画監督中島貞夫』(中島貞夫・河野真吾)ワイズ出版  
遊撃の美学―映画監督中島貞夫