映画 「幸福」

molmot2004-12-18

逝ける映画人を偲んで2002-2003 (フィルムセンター)
1)「幸福」 (フィルムセンター) ☆☆☆☆

1981年 日本 シルバーカラー ビスタ フォーライフ 東宝映画 106分 
監督/市川崑  脚本/日高真也 大藪郁子 市川崑 出演/水谷豊 永島敏行 谷啓 中原理恵
 市川崑との出会いは11歳の時にゴールデン洋画劇場で観た「病院坂の首縊りの家」で、それが映画にのめり込むきっかけになってしまい、以降市川崑は特別な存在となったのだが、過去の作品を観たいと思っても叶わない作品が多かった。事態が好転したのは1997年の「黒い十人の女」のリヴァイヴァルで、その前後に関西でも多くの市川崑の旧作が上映された。「あの手この手」「愛人」「満員電車」「東京オリンピッツク」「あなたと私の合言葉 さようなら今日は」「天晴れ一番手柄 青春銭形平次」「ど根性物語 銭の踊り」「プーサン」「人間模様」「熱泥地」などを観ることができた。その後、日本映画専門チャンネルやNECOで放送されるレア作品も含めると、かなりの数の作品を観ることができたし、昨年フィルムセンターで行われた市川崑の特集上映は狂喜せんばかりのものだった。長年観たかった「鹿鳴館」と「東北の神武たち」を観ることができて嬉しかった。しかし、時間の都合で観たかったのに見逃した作品も幾つかある。その代表が「トッポ・ジージョのボタン戦争」と「幸福」なのだが、幸いにして「トッポ・ジージョのボタン戦争」はユーロスペースでリヴァイヴァル上映される機会が今年に入ってあった。そして「幸福」も再びフィルムセンターでかかり、この機会は絶対に逃すわけにはいかず駆けつけた。
 市川崑のソフト化されている作品の一覧を見ていると奇妙なことに気付く。80年代に撮られた作品が2本、DVD化はおろか、ビデオ化も名画坐にかかる機会さえない。それも小規模の作品ではない。大作「鹿鳴館」と水谷豊主演の「幸福」という、いずれも東宝が配給を担当した作品である。
 詳細は知らないが、それぞれ製作を担当したMARUGEN−FILMとフォーライフが倒産し、権利が複雑化しているのが、以降TV放送はおろかソフト化も叶わない原因らしいが、こんなことが許されて良い筈がない。「鹿鳴館」がいくら凡作だったとしてもだ。

 さて、遂に対面を果たした「幸福」だが、これが予想外に素晴らしい作品で、小品ではあるのだが、市川崑の代表作の1本として評価されなければならない傑作だった。
 刑事モノというのは市川崑の作品中でも「暁の追跡」などあるし、金田一シリーズでも描かれてきた。しかし、現代が舞台だというのが興味深い。市川崑は「東京オリンピック」を境に現代劇を数えるほどしか撮っていない。「愛ふただび」「妻と女の間」「天河伝説殺人事件」ぐらいか。勿論現代劇を撮りたくないということではなく、松坂慶子主演で新幹線に舞台を置き換えた自作のリメイク「足をさわった女」や、クランクイン1週間前に製作中止になった「長嶋茂雄殺人事件」などは現代劇だったし、TVでリメイクした「黒い十人の女」や「娘の結婚」も現代が舞台ではある。しかし、殆どの作品が敢えて時代感漂う場で撮影するようにしており、街を撮っていたとは言い難い。別に現代の街を撮れば偉いわけではないが、「天河伝説殺人事件」前半の素晴らしいショットの数々を思えば、市川崑が現代の街を撮ったものを観たいと思わせた。
 その意味で、この作品は観たかったものが全てある。シルバーカラーと称された本作だが、ようは「おとうと」でも用いた銀残しである。「八つ墓村」以降、三度市川崑は銀残しを多用しているが、近年のフィルムの発色では銀残しをやっても過剰な色になりすぎで、やはり本作のような銀残しが好みである。殊に近作の市川崑は何故銀残しを行うのか意図を掴みかねることが多く、「幸福」のように銀残しが街の汚れ、下町の郷愁感を描くために効果的な使われ方をしていると非常に納得できる。
 この作品は「古都」と「細雪」の間に位置する作品で、「犬神家の一族」で第一線に復帰して以降の作品中、最大の異色作だと思えるのは、一重にキャストによるものである。何せ主要キャストの水谷豊、永島敏行、中原理恵、「黒い十人の女」でクレージーキャッツのメンバー共々1シーン出演したのを除くと谷啓も含めて全員市川崑の作品に出演するのは初めてであり、そして現在のところこれが最後になっている。市川崑の作品を続けて観ていると、常連役者で大半が占められており、プロデューサー側の要請によって起用せざるをえなかった役者−榎木孝明、豊川悦史、らが再び起用されることはない。水谷豊も同様で、本作を観終わると、水谷豊とのコンビが続かなかったことが惜しまれる。上原謙池部良といった初期の市川作品に登場した惚けたキャラクターに通じるものがあるだけに惜しい。
 当時の水谷豊は「熱中時代-刑事篇」で人気があった頃で、自分もリアルタイムでの記憶はないが、幼少時に再放送で「熱中時代」や「事件記者チャボ」に親しんだクチである。TVでの垢に塗れた役者を同じ刑事役で起用しなければならないというのは難しいと思うし、水谷のTV的演技をどう直すのかという問題も出てくる。ところが、劇中の水谷は完全にフィルムの中でしか見られない水谷として存在していた。時折、例の科白を唄ってしまうクセ、「おばーちゃーん、どーしたーのー」「〜なんだな〜」というヤツが出てしまってはいるのだが、市川崑は瞬く間に水谷豊をフィルムに定着する顔に変えてしまった。
 事件や犯人探しよりも、下町の東京と水谷豊の家族の何気ない描写が素晴らしい。「私は二歳」以上の日常のユーモアに満ちている。
 それにしても驚くと言うか、呆れると言うか、驚愕したのは、加藤武が主任役で登場し、金田一シリーズ同様の黒のスーツ姿であるばかりでなく、あろことか「よしっ、わかった!」をやってのけてしまたことだ。いくらなんでも本作の雰囲気には合わないのだが、これはこれで度が過ぎたサービスとして苦笑して受け止めたい。
 日本映画史に残る素晴らしい傑作だけに、是非ソフト化してほしい。