訃報 黒木和雄監督死去


 最も好きな監督の一人、黒木和雄が亡くなった。急死のようだ。訃報を目にして衝撃を受けた。だって現役バリバリで近年は毎年のように撮っていたではないか。今年の夏には新作「紙屋悦子の青春」が公開されるというのに。
 初めて観た黒木和雄の作品は、小学生の頃に金曜ロードショーで観た「TOMORROW/明日」で、原爆を直接描くのではなく、そこに至るまでの市井の生活を丹念に描き、そこに唐突に原爆が投下された閃光で全てが終わり映画も終わるという衝撃は忘れ難い。
 その後、作品を観たのは大学の頃のオールナイトだった。ノートをめくってみると、それは1998年10月17日のシネ・ヌーヴォ梅田で、「とべない沈黙」「日本の悪霊」「竜馬暗殺」の3本立てで、黒木和雄監督と原一男監督のトークショー付きという豪華なものだった。にも係わらずノートには『台風の影響か観客は15人程』と書いてあり、こんなことだからシネ・ヌーヴォ梅田もあっという間に閉館し、大阪の非映画文化地域化が進むのだと今更ながら思う。自分の連れのヒトは学校のシナリオ研究室からパクってきた「竜馬暗殺」だったか「浪人街」だったかテレビだったかの脚本に黒木監督のサインを貰っていた。今から思えば、自分も貰っておけば良かったと思うが‥
 質疑応答があったが、誰も何も聞かないし、沈黙が長く続きすぎるので、自分が手を挙げた。と言っても黒木和雄の作品を殆ど観ていないのに何を聞けるものでもない。結局、『劇映画の新作の予定はないのか?』という、後から思えば当時「浪人街」以降8年に渡って新作が作れずにいる監督に対して余りにも辛い質問をしたものだと自分の愚かさを恥じるしかないが、その時の自分は単純に新作観たいですという期待感を言葉にしただけだった。そんな無神経な質問に黒木監督は苦笑しつつ『企画が2本程あるが、実現のメドは立っていない』と答えた。黒木和雄が長らく山中貞雄の自伝映画を企画していたことは、田山力哉がよく書いていたので知っていたが、松竹で森崎東で映画化された「ラブ・レター」を黒木和雄が狙っていたと知ったのは後になってからだ。しかし、このオールナイトから2年後には秀作「スリ」で見事に復帰し、その後は2年ペースで「美しい夏キリシマ」「父と暮せば」「紙屋悦子の青春」と新作を発表し、観客にとっては至福の数年を過ごすことができた。
 晩年に新作を連発できたことは、せめてもの幸せと思うが、確かに秀作揃いだが、紀伊国屋ホールでやってる芝居の映画化みたいなのが続くので、やはり念願の山中貞雄が観たかった。2004年あたりは愈々実現しそうな雰囲気だったが、つまらないリメイク映画を作った方が居ただけだった。その製作費を黒木和雄に渡してほしかったぐらいだ。
 2年前にフィルムセンターへ「キューバの恋人」を観に行ったら、エレベーターで黒木監督と二人きりになり緊張したとか、「とべない沈黙」の加賀まりこの美しさや蝶、「日本の悪霊」の佐藤慶の無表情の素晴らしさ、岡林信康アナーキーぶり、「竜馬暗殺」の圧倒的面白さなど、脳裏には黒木作品のいろんなシーンが浮かぶ。
 DVDの御蔭で前述の作品は全てDVD化されている。そして新作は公開待機中だ。黒木和雄を追悼するために黒木和雄の作品を何度も見返すことからまずは始めよう。
 冥福を祈りたい。75歳だった。

■追記
 「夕凪の街 桜の国」が実写映画化されるらしいと噂は聞いていたが、監督は黒木和雄が予定されていたようだ。一連の戦争モノに連なるとは言え、新たなる観客層が黒木和雄と出会えたのにと思うと残念でならない。
 コチラには新作として『次回作も戦争や股旅ものを検討していた』と書いてあるが、また時代劇も観たかった。原田芳雄石橋蓮司が出るのは当然として、更に松田龍平と柄本祐の出て、たむらまさきがモノクロで撮る時代劇を観て見たかった。