『フロスト×ニクソン』(☆☆☆★★)

(61)『フロスト×ニクソン』[FROST/NIXON]
☆☆☆★★ 新宿武蔵野館
監督/ロン・ハワード   脚本/ピーター・モーガン   出演/フランク・ランジェラ マイケル・シーン ケヴィン・ベーコン
2008年 アメリカ 122分

 ニクソンについては、リアルタイム世代ではないせいもあって、『大統領の陰謀』『ニクソン』『名誉ある撤退 〜ニクソンの夜〜』といった映画から教えて貰った以上のことは知らない(『リチャード・ニクソン暗殺を企てた男』ってのもあったな)。そのくせケネディは、幼少時に読んでいた偉人の伝記シリーズに入っていたから何故か好きだったが。しかし、今から思えばケネディも十分胡散臭い。『JFK』公開時に関連本を読み漁ると、ケネディニクソンも胡散臭さでは良い勝負だと思った。
 そんな程度でしかニクソンを知らないので、フロストとニクソンの討論番組があったということも知らなかった。かろうじてフロストだけは、ビートルズ好きが幸いして『Hey Jude』などをライブで披露した『デビッド・フロスト・ショー』の司会をやってたあのフロストのことかと、僅かに繋げることが出来た程度だ。
 舞台劇を脚本家も出演者もそのままスライドさせた作品だけに、果たして面白がることができるかどうかと思いつつ観たが、ロン・ハワードの安定した演出も幸いして予備知識がなくとも非常に楽しめる作品になっていた。殊に、ニクソンを描くとなると、これまでも監督は兎も角としても、演技者側はここぞとオーバーアクトでやりたい放題やるので、観ていて鼻について仕方なかった。『ニクソン』のアンソニー・ホプキンスは正にそうだし、『名誉ある撤退 〜ニクソンの夜〜』のフィリップ・ベイカー・ホールは一人芝居なので、こちらもやりたい放題だった。本作でもニクソン役をウォーレン・ベイティジャック・ニコルソンが興味を示したと言われており、スタジオ側も彼らに加えロバート・デ・ニーロあたりを想定していたようだ。正に彼らであれば十分出来ただろうし、それはもうここぞと凝りすぎのニクソンを演じたに違いない。しかし、ロン・ハワードはあくまで舞台を映画に滑らかに移し、それでいて映画ならではの作品にすることができると確信していたようで、映画向きに派手に拡大することも、映像技巧に走ることもなく(ロン・ハワードは『アポロ13』で夢の中の出来事と称して月面を歩いている姿を映像化してしまい、月に行けなかった男たちの話なのに台無しにしていた)、フロストとニクソン意外の挟雑物を取り払って慎重に映画化しており、小品ながら佳作に仕上げていた。
 1974年、任期半ばのニクソンが辞任。数ヶ月後、テレビ司会者フロストはニクソンへのインタビューの可能性を打診され動き始める。翌年、ニクソンへの面会を果たし出演契約を結ぶが、資金調達が進まずアメリカ3大ネットワークへ企画を持ち込むも相手にされない。フロストは自ら資金を投入して番組制作を進めるが、資金調達へ飛びまわる日々の為、ブレーンとの打ち合わせもままならない。そして1977年、3日間に渡るニクソンへのフロストのインタビューが始まる。
 映画を観終わってから、実際のインタビューの映像を観た。 

 幾つかの断片にすぎないが、それでも現実の映像の方が映画よりも迫力もあり、緊張感が伝わってくる。ロン・ハワードもそんなことは勿論承知の上で映画化しているから、単に実話の再現ではなく、かつてテレビに映し出された実話を基に、テレビに生かされ、またはテレビに殺され、そして殺されつつある二人の人物をテレビではなく映画を通して描くことで、テレビという存在を鮮やかに客観視して描いて見せた。劇中でもニクソンが口にするケネディとの大統領選での有名な討論会の放送が勝敗に影響したというエピソードや、フロストがレギュラー番組を打ち切られるといった形で、向かい合う二人とテレビとの屈折した関係が示されるが、それをメディア批評に持っていかずに、ミニマムな世界でボクシングの如き1ラウンド毎の対戦という形で描いているのが面白かった。
 ドキュメンタリー形式で双方のサポートスタッフの回想が組みこまれるが、如何にも本物のインタビューのようにフェイクドキュメント化するのではなく、作りものであることがバレバレな作りにしてあるのも、現実の再現ではなく再構成の視点を優先させたからだろう。
(続く)