『巨泉×前武 ゲバゲバ90分!』と中原弓彦(小林信彦)

巨泉×前武 ゲバゲバ90分! 傑作選 DVD-BOX

巨泉×前武 ゲバゲバ90分! 傑作選 DVD-BOX

 先ごろ、『巨泉×前武 ゲバゲバ90分! 傑作選DVD-BOX』が発売された。
 『巨泉×前武 ゲバゲバ90分!』といったところで、1969年から2年に渡って放送された番組なので、生まれていなかった自分にとっては未知の番組だ。ただ、微かにオープニングや幾つかのギャグを観た記憶があるので、80年代に作られたリメイクを観たのかもしれない。それでも近年はBSの『お宝TVデラックス 笑いの力』で大橋巨泉前田武彦を迎えたアンソロジー番組を放送したり、テーマ曲がCMに使われたりと、徐々に機運が盛り上がりつつあったようだ。そして番組放送開始40年目の節目にDVD-BOXが発売された。
 今回のDVDは、これまで僅かしか残っていないと言われていたVTRが日本テレビの移転の際にオープンリール形式のテープが99本見つかったことで、結果2枚組の226分に及ぶ充実した内容となっている。もっとも実際にDVDで観てみると、今回発見されたテープは全てモノクロ(番組は第1回からカラー)の不鮮明な画質なので、番組の総監督を務めた井原高忠が「完璧主義者の自分としては、白黒映像がくっついた不完全なものを見せるのは複雑な心境」と語ったというのも頷ける。DVDではカラーで残っている映像を中心に構成され、それを補う形でモノクロ映像が収録されている。しかし、ゲバゲバを全く知らない世代としては、不鮮明であろうとも番組の全貌を知る貴重な映像だけに非常に面白かった。
 そういえば前述の『お宝TVデラックス 笑いの力』で番組1回目と3回目の生放送部分、つまり巨泉と前武のフリートーク部分を放送したので、こんな映像が残っていたのかと驚いたが、テープの発見が2003年だったというから、2007年に放送されたこの番組では、今回発見されたと報じられた映像を使ったのだろう。
 『巨泉×前武 ゲバゲバ90分!』については、井原高忠の著書『元祖テレビ屋大奮戦!』や小林信彦の『小林信彦60年代日記』『テレビの黄金時代』を参照すれば、その成立過程が分かる。しかし、全ての根源である井原高忠という人を知ろうにも、その番組自体がほとんど残っていないので、これらの本を読んで分かったフリをするふりをするしかないという時期が長かった。それが破られたのがYOU TUBEの普及と言っても過言ではない。
 例えば、井原がゲバゲバ直前に製作していた番組に小林信彦井上ひさしらも放送作家として参加していた『九ちゃん!』がある。後に『イチ・ニのキュー!』というタイトルに変わったが、この番組のオープニング映像がYOU TUBEにアップされている。この渋谷系の元ネタみたいなオープニングを観るだけで、井原高忠のセンスが分かるのではないだろうか。また、ゲバゲバに受け継がれる視覚ギャグやアニメーションとの合成といった要素も既に見ることができる。

 ちなみに『イチ・ニのキュー!』というタイトルを考案したのは青島幸男だったという。
 『イチ・ニのキュー!』終了後、前田武彦の『天下のライバル』という番組を挟んで、いよいよ『巨泉×前武 ゲバゲバ90分!』が始まる。番組のモデルとなったのは、『セサミ・ストリート』と、ダン・ローワンとディック・マーティンという芸人がホストを務める『ラーフ・イン』という番組だ。これもYOU TUBEにはゴロゴロ転がっているので、ゲバゲバと見比べることが可能になった。下の動画を観るだけでも、ホストの登場シーンが巨泉と前武の登場シーンと全く同じであることが分かる。

 ところで、問題は“ゲバゲバ”である。この言葉が暴力を意味するゲバルトから来ていることは有名だが、番組名を決めたのは小林信彦だ。以下、『小林信彦60年代日記』から引用する。

1969年6月11日(水)晴
(前略)
 仮題を決めたいというので、流行語の<ゲバルト>をいじって<ゲバゲバ大行進>という
案を私は出した。だれかが<ゲバ・イン>というのを出した。

1969年8月16日(土)晴
日本版「ラーフ・イン」は、「ゲバゲバ90分」というタイトルになるらしい。<大行進>は下品
だ、とスポンサーが言ったとか。

 一方、井原高忠は『元祖テレビ屋大奮戦!』の中で、番組名に関してスポンサーとの交渉に難儀したことを明かす。

ジェネレーションギャップというものが広がりつつあるにもかかわらず、全く惰眠をむさぼって活字人間同士の慣れ合いが横行する現在のテレビ界に対する、これはゲバルトなんだ、と。活字人間でありながら、映像人間に対して挑戦し、現代のテレビそのものに対してゲバるわけだから、どうしても“ゲバ”ってつけたい。ただ“ゲバ”って言葉だけじゃおいやだろうから、“ゲバゲバ”と重ねて、コメディっぽくします、ということで押し通したのね

 ゲバ棒など、ゲバルトという言葉が浸透している時代だけに、“ゲバゲバ”という言葉も現在に比べてそれほど違和感なく出て来たのかもしれないが、では『ゲバゲバ90分』と若松孝二の『処女ゲバゲバ』の関係はどうなのか。
 一般的に考えれば、『処女ゲバゲバ』がピンク映画らしい取り込み方でヒットしている番組のタイトルを流用したように考えがちだが、実際は逆で、『処女ゲバゲバ』は1969年7月11日にアンダーグランド蠍座で公開されている。『巨泉×前武 ゲバゲバ90分!』の第一回放送は、1969年10月7日だ。小林信彦が<ゲバゲバ大行進>という案を出したのは前に引用したように6月11日。『処女ゲバゲバ』の公開より一か月早い。では、問題は『処女ゲバゲバ』というタイトルがいつ付けられたのか、という点に絞られる。処女ゲバゲバという意味不明なタイトルをつけたのは、大島渚だ。
 ここから先は、『処女ゲバゲバ』というタイトルが登録された日時などを調べなければ分からない。同時代を体感していないので、“ゲバゲバ”という言葉が偶然ピンク映画とテレビ番組で重なっても不思議ではなかったのか、あるいは、『白昼の通り魔』にも僅かに出演し、『絞死刑』で松田政男が演じた検察事務官役に当初オファーを受けた小林信彦大島渚の関係性が近いことから、どちらかが“ゲバゲバ”と言っているのをそのままイタダイタのではないかという気もする。あるいは、映画が先にゲバゲバ言ってて、テレビ関係者よりもアングラ映画に詳しかったであろう小林信彦がイタダイタと考えることもできる。若松孝二は最近何かの席で、「何故かあのテレビ番組より、こっちの方が先なんだな」と言っていたが。ともあれ、『ゲバゲバ90分!』と『処女ゲバゲバ』は、知らない時代の異物として強烈な印象をいつまでも与え続けてくれる。 

 以下は極めてどうでもいいことである。小林信彦自身は『巨泉×前武 ゲバゲバ90分!』にはメインで参加せず、僅かにアイディア、ギャグを提供した程度のようで、この番組を、いくら自分が小林信彦のファンだからと言って、実際に最も精力的に活動した河野洋や津瀬宏、井上ひさしらを差し置いてしまうのはバランスが悪い。いくらタイトルに貢献したと言ってもだ。しかし、小林信彦こと中原弓彦の名は、今回のDVDに現存する版がそのまま収録された第16回のエンドロールでその名を確認できるし、下記の画像を見ても当時の小林信彦が『巨泉×前武 ゲバゲバ90分!』の作者の一人として参加していたことが分かる。


■第一期最終回(第26回)にて、手前が巨泉・前武。その後に出演者たち。更に後方が放送作家たち。

■出演者たちが「言いたいことを言ってら〜Say Say」を歌い踊る。
女性たちは、松岡きっこ、小川知子ジュディ・オング、小山ルミ、吉田日出子、石橋恵美子、うつみみどり太田淑子

■最後に女性たちがギャーッと走り去る。

■このチビと出っ歯の日本人体型的眼鏡の二人は誰か?

■おそらく井上ひさし小林信彦でしょう

 だからどうしたと言われればそれまでだが、『テレビの黄金時代』でバラエティの歴史を知った者からすれば、小林信彦の姿が確認できるのが嬉しい。実際、『テレビの黄金時代』には、<一九七〇年春に第一次「ゲバゲバ90分!」の終回に、作家の一人としてスタジオ入りした>という文がある。
 これらを経て、ようやく『巨泉×前武 ゲバゲバ90分!』という番組の内容を考えていくことになる。そうでないと、40年経ってしまうと、面白くもなんともないギャグも大量に出てくるし、表面的な感想だけに終わってしまいそうだ。ノスタルジーではない、遅れてきた世代がはじめて向き合うには、何かとっかかりが必要だと思う。自分にとっては小林信彦だったというわけだ。

元祖テレビ屋大奮戦!

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テレビの黄金時代

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テレビの黄金時代 (文春文庫)

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