映画 「誰も知らない」

molmot2004-10-06

1)「誰も知らない」 (シネアミューズ) ☆☆☆★★ 

2004年 日本  カラー ビスタ 141分 
監督/是枝裕和  出演/柳楽優弥 北浦愛 木村飛影 清水萌々子 韓英恵

是枝裕和の作品は劇場で観た「ワンダフルライフ」以外は、「幻の光」も「ディスタンス」も手元にDVDやビデオがありながら観ておらず、TVのドキュメンタリーすら所有しているのに観ていないというのは不勉強以外の何物でもない。だから是枝裕和についてとやかく言えるものは何もなく、「ワンダフルライフ」の劇映画の構造に、ドキュメンタリー要素の挿入が失敗していたという印象があるのみだ。由利徹や老婆にフリーに語らせるのと、吉野紗香の作り事めいた演技が同居してしまう遊離が辛い。
 「誰も知らない」は西巣鴨子供置き去り事件をモチーフにしているが、この事件の詳細は知らなかったので、どの程度事実に即しているのかは知らない。
 開巻の薄汚れた姿でピンクのトランクに手を這わせる柳楽優弥から回想に入り、引越しの描写となり、トランクの中から小さな男女子が出てくる。この段階で既に開巻のトランクの意味が読めるが、マンションの住人には母と柳楽の存在しか公表しないまま、残り3人の姉弟が秘匿されて生活を送る。ここから終局を迎える迄、2DKの部屋を主に描かれていくわけだが、是枝裕和はドキュメンタリー手法をこれまで以上に過剰に導入し、子供達、殊に幼児2人はフリーに喋っているのを切り取っている。16mmを用いることで、相当量のフィルムを廻しているのだろうが、この手の手法を用いた作品にありがちなドグマ95というか、全編手持ちでブン回すことなく、FIXを基調とする中でこれだけ子供達の自然な振る舞いを切り取れたのは凄い。そこは勿論是枝裕和の演出技量を称賛すべきなのだが、劇中に登場するもう一人の演出家とも言うべきYOUに負うものが大きい。誰が見たって無責任且つ自分勝手な母親でしかないこの役を、ここにフツーの女優をキャスティングしてしまったら、「愛を乞う人」の原田美枝子的状態になってしまうのだが、YOUを持ってきたことで地に足のつかない雰囲気と、単なる悪者ではない日常の誰もが持っている無意識下の傲慢さを体現していて素晴らしかった。彼女は子供達が好き勝手に振舞うのを映画側に引き戻す役割をも担当しており、前半部でのYOUは正に彼女のリズムで演出していた。
 2時間20分を越える長尺だが一瞬たりとも弛緩することなく、各描写の力が圧倒的で力作と呼ぶに相応しい。この手の手法を用いると、結局は単純な描写をダラダラ無駄に長くならざるを得ず、手法が一番に来てしまう弊害があったのだが、この作品は作為性との融合が巧みだった。
 妙に大島渚の存在を感じたのは具体的描写に共通要素があるわけではなく、個人的思い入れに過ぎないのだが、少年を主人公にした実話の事件の映画化という意味で「少年」が想起されるし、殊に両作共少年の目が非常に酷似しているのが印象的だ。又、後半の韓英恵との関係が「愛と希望の街」でのブルジョア少女との関係に近いものがある。大島的な犯罪を映画に変換させうる監督が減ったことを嘆かわしく思っていたが、「顔」以来の映画的昇華の成功した作品ではなかろうか。
 ただし、不満はある。説明的描写をしないのは良いが、母親からの送金がどれぐらいのペースで幾らされていたのか不明確で、ドキュメンタリー的切り取り方を優先させ過ぎている嫌いがある。実話の映画化なんだから察してくれよ的な観客依存を感じた。終盤のシークエンスが特に顕著で、以下ネタバレになるが、末妹が転落死しても病院へ連れて行かない(実際は出入りしていた長男の友人の折檻死らしいが)のは何故なのか。出生届が出されていない、金がない。しかし、母親の居場所や電話は知っているが、怒りで以前無言で電話を切っている。だから放置して妹を死なせてしまうという展開は、余りにも説明不足だ。単に長男のエゴとプライドを優先させただけにしか思えず、いくら学校に行っていないからとは言え、中学生に達する年齢の少年にしては思慮がなさすぎる。そここそを見せて欲しかった。
 自分は映画監督がよく陥る子供の無知、思い込み、貧困に付け込んで御都合主義的展開にここぞと利用するのが大嫌いなので、観ている最中は実際でも死んで埋めたということを知らなかったせいもあり、かなり腹立たしく思いながら観ていた。その後の妹をトランクに入れて羽田空港近くの空き地に埋めるなんぞ(実際にも飯能の山に埋めたらしいが)自主映画的ファンタジーへのスリカエにしか思えず、ファンタジーへの昇華と肯定的には捉えることはできなかった。 とは言え、素晴らしい力作であることには違いなく、定点的に描かれる二股路の俯瞰や、階段が素晴らしい。
 実際の事件を調べた上で再見するとまた見方も変わるであろうから、是非見直したい作品だ。