映画 「犬猫」

molmot2005-01-12

3)「犬猫」[35mm版] (シネアミューズ) ☆☆☆★★

2004年 日本 カラー スタンダード 東京テアトル株式会社 94分 
監督/井口奈己   脚本/井口奈己  出演/榎本加奈子 藤田陽子 小池栄子 忍成修吾 西島秀俊

 初めはパスを決め込んでいたが、評判が良いので遅ればせながら駆けつけてみると、これが素晴らしい佳作で、非常に心地良い作品だった。
 ぴあフィルムフェスティバル2001で企画賞を受賞した同名8mm作品を監督である井口奈己自身の手で35mmでリメイク(撮影は16mmでブローアップしたものと思われる)した作品だが、そういったリメイクは初々しさがなくなるし、プロの俳優、スタッフに囲まれると監督の世界観が失われやすい。大体リメイクという後退性が嫌で、新人に機会を与えてやるなら新作企画で挑ませるべきだ、と毎度の如く思いながら観たのだが、本作はオリジナル版を見逃しているので比較はできないものの、井口の世界観が損なわれることなく昇華されたのではないかと想像する。これは8mm版を観た上でないと結論めいたことは言えないが、ヒッチコックが「暗殺者の家」と「知りすぎていた男」を、前者は才能あるアマチュアの作品、後者は熟練した職人の作品と見事に自己分析していたような結果になってくれれば嬉しい。
 珠玉のシーンがたくさんある。焼き芋をする榎本と、その側に歩み寄る藤田をロングショットで捉えたショットの素晴らしさ。二人の距離感の微妙な遠さが端的に示した素晴らしいショットだ。又、酔った榎本が寝転がっている様を手前に榎本を配し、奥に藤田を置き、ローアングルで捉える素晴らしさ。
 21世紀の小津の呼び声も高く、実際タイトルバックの模様や随所に小津を感じたことも確かだが、井口奈己は模倣や引用ではなく、結果的に悪意なく小津を感じさせ、そして小津に匹敵する逸材の生誕を感じさせる作品へと仕上げた。
 それにしても本作の空間の切り取り方と役者達の素晴らしさは何だろう。スタンダードの画面の中で、井口奈己は驚くべく空間把握力を見せ、決定的なショットを次々と見せていく。
 榎本と藤田が鏡を見ながら試着するシーンの素晴らしさ、二人の行動の反復が前半と後半で展開されるが、堤防を犬を連れて歩くロングショットや、Y字路で道に迷う姿が素晴らしい。
 出演者が全員良い。大体盛りを過ぎたタレントが映画でちょっとした芝居をすると過剰に評価される−宮沢りえ高岡早紀なんかがこのパターンで賞を取ったり、観月ありさが「ぼくんち」で熱演するも阪本順二にしては珍しい失敗作だったり−といった傾向は嫌いで、殊に榎本加奈子なんて大嫌いで、最近消えてきたので誠に良かったなと思っていたのだが、榎本加奈子ですら佇み、うたた寝ができりということに驚き、感動する。妙に佇むことができる役者を見ると入れ込んでしまい、「珈琲時光」で小林稔侍ですら佇めていることに感動したものだから、本作の榎本加奈子には全く魅了された。そして藤田陽子が良い。榎本にワインをかけるまでの、猫的な柔らかな調子も魅力的だが、ラストにかけての科白無しで走る姿や、下着だけで縁側に出て服を取り込む姿が良い。あの「下妻物語」で唯一作品の完成度の足を引っ張った小池栄子ですら、やや危なっかしいが良い。忍成修吾西島秀俊と共に、この作品の空間に生きていた。
 ラストがやや食い足りなくもあるのだが、井口奈己は今後、驚くべき傑作を撮ることができる逸材だと思う。「犬猫」(35mm版)は驚くべき映画作家の誕生を鮮やかに告げた佳作だ。