映画(TV/VIDEO/LD/DVD)「恐怖の報酬」

6)「恐怖の報酬《デジタルニューマスター版》」[LE SALAIRE DE LA PEUR THE WAGES OF FEAR](DVD)☆☆☆☆★★

1953年 フランス モノクロ スタンダード 149分
監督/アンリ・ジョルジュ・クルーゾー    脚本/アンリ・ジョルジュ・クルーゾー      出演/イヴ・モンタン シャルル・ヴァネル ペーター・ヴァン・アイク フォルコ・ルリ ヴェラ・クルーゾー
恐怖の報酬 [DVD]
 
 11年振りの再見となった生涯のベスト3に入る大傑作。
 あまりに素晴らしかったので再見を控えていたが、やはり良い。
 開巻のコオロギのアップから、熱すぎる南米の貧しい町をフランスのロケセットで見事に再現した美術の素晴らしさ。
 そして縞模様の影を落とす酒場のテラスに居るイヴ・モンタン演じるマリオの良さ。
 この作品は初見時にも感じたが、実に濃厚なホモセクシャルを描いた作品で、同棲するマリオとルイージルイージの容貌が例のアレと完全に同じなので元ネタ説と偶然だという説があるが実際はどうなのか)の中に、シャルル・ヴァネルが入ってきてマリオを奪ってしまう。ルイージの嫉妬とマリオを巡る争奪のピークが酒場での緊迫するやりとりで、ここで負けたことによりマリオはシャルル・ヴァネルのものとなる。
 本題のニトロを積んだトラックが発車するまでが長過ぎるという批判があるようで、実際日本で初公開された際は、前半がかなり切られた版だったようだが、その批判は全く違う。前半の、あまりに暑過ぎる町と、仕事がない切実さと、だからフランスに帰りたいのに帰れない、そしてイヴ・モンタンシャルル・ヴァネルに心酔し、主従関係が出来上がっていることを丹念に描かなければ、この作品は、よく出来たサスペンスにしかならないし、何故そこまでして恐怖に耐えながら、いつ爆発するかもしれないニトロを運ぶのかという疑問に答えられない。前半の描写があるからこそ、彼らが命をかけてニトロを運ぶことが理解できるし、観客がそこに一体化し、観客もトラックの同乗者へと化してしまう。
 トラックが発車してからのサスペン演出は、音がなくても、不要にカットを割らなくても、心底恐怖を観客に味わせることができる手本で、車間距離を開けて走っていたトラック2台が隣接し始めたところから、追突の恐怖、軟な足場にトラックの後輪がめり込む恐怖、と続き、その中で、あれだけ偉そうにしていたシャルル・ヴァネルが抜け殻のようになっていき、イヴ・モンタンとの支配関係が逆転する面白さがある。シャルル・ヴァネルはオカマのようになってしまい、イヴ・モンタンに殴られるままとなり、置いていかれそうになると必死でトラックを追いかける。
 落石を除ける為にニトロを使う件りは、何度観ても手に汗握る。そして、もう残り僅かと気分も浮き足立つ時、シャルル・ヴァネルイヴ・モンタンのために煙草を巻いていると、殻がフッと飛ぶ。顔を上げると、先で濛々たる爆煙があがっている衝撃。クルーゾーの作品の緩急は強烈で、どの作品を観ても参る。
 爆心地に近づくと、油田用のパイプが破裂して湖と化しており、そこをトラックで通り抜けようとするも泥濘に嵌り、シャルル・ヴァネルが雑木を除けようとすると泥濘に足を取られ、トラックがその足の上を通過していく。油まみれになりながら痛さのあまり声を上げるシャルル・ヴァネルだが、このシーンこそは、愛情と憎しみが屈折した形で表される最高の二人のラブシーンだ。
 油にまみれた二人が寄り添いながら、もう遠くはない目的地までの一本道を進みながら、既に意識が遠のきかけているシャルル・ヴァネルイヴ・モンタンが話しかけながら、パリの通りい面した壁の中には何がある?と何度も問いかけるのが素晴らしい。
 無事着いた時には既にシャルル・ヴァネルは死んでいる。そして彼の分の金をも手に入れたイヴ・モンタンはもう何も積んでいないトラックで軽快に帰っていくが、この軽快さの悲劇が、恐怖からの解放という恐怖を招きいれてしまう強烈なラストシーンとなって描かれる。
 繰り返し観ても恐怖が減らない、むしろ益々取り憑かれたかのように恐怖が増殖していく悪魔のような映画である。