映画 「乱歩地獄」

198)「乱歩地獄」 (ヤクルトホール) ☆☆★★

2005年 日本 「乱歩地獄」製作委員会 カラー ビスタ 134分
乱歩地獄 デラックス版 [DVD]
 江戸川乱歩には目が無いので、映画化されたと聞けば早々に劇場に向かうのだが、リアルタイムで観始めてからだと「押繪と旅する男」「屋根裏の散歩者」「RAMPO 黛版」「RAMPO 奥山版」「RAMPO インターナショナル・ヴァージョン 」「人でなしの恋 」「人間椅子」「D坂の殺人事件」「双生児 GEMINI」「盲獣VS一寸法師」といった作品が公開された(「人間椅子」を映画化した日大映画学科の「夢現坐乱事」はDVDを持っているが未見)が、「屋根裏の散歩者」「D坂の殺人事件」という突出した秀作と「押繪と旅する男」「双生児 GEMINI」「RAMPO 奥山版」という佳作が印象深いが、それ以外の作品も世評は低かったが、それなりに楽しめた。「人でなしの恋 」「人間椅子」「盲獣VS一寸法師」ですら許せるのだから、我ながら心の大きい奴だと思う。
 基本的に江戸川乱歩の作品の映画化は難しい。原作が余りにもヴィジュアル的過ぎて、並の監督がちょっとやそこらやったところでうまくいく筈がないのだ。回避策として、監督が作家の映画として自身の方に引き寄せてしまうやり方が有効で、加藤泰の「江戸川乱歩の陰獣」や、増村保造の「盲獣」、田中登の「江戸川乱歩猟奇館 屋根裏の散歩者」、石井輝男の「江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間」などがその成功例となる。原作の世界観とは異なるが、アレンジによって監督の世界観への置き換えが成功することによって、映画としても成功している。大体、江戸川乱歩のエログロ描写を真正面からやるには、監督がよほど変態でないとできるわけがない。増村保造田中登石井輝男はある意味変態で自身のエロの世界を持っているから、そこに乱歩を連れて来ることで、独特の世界ができた。ところが、黛りんたろう奥山和由、ピンク出身の水谷俊之ですら、夫々が映画化した乱歩作品のエログロ描写は淡白だ。これはR指定だからとか一般指定といったものは関係ない。裸の露出量や過激な描写が多ければ良いというものではない。乱歩の原作にも直接的な描写はない。その中でいかにエロスを見せられるか、日常の中のエロスを描写できるかが重要な筈だが、「RAMPO」におけるブルーフィルムの上映とそれを観て喘ぐ静子とか見せられると、この黛敏郎と奥山融の子供達を童貞中学生とキメウチしてやりたくなる。その点、真正面から乱歩に挑んだ実相寺昭雄は、ま、AVも撮っているぐらいだから実際スケベなエロオヤジなのである。それも濃くエロい。だから「屋根裏の散歩者」にしても「D坂の殺人事件」もクラクラするくらいのエロスに満ちていて、ようやく乱歩に匹敵するエロを描ける作品が出てきたと嬉しくなった。
 さて、この「乱歩地獄」は、かなり意欲的な企画と言って良く、オムニバスで映画化される4本全てが初映像化、且つ映像化難易度の高い作品が選ばれている。殊に倫理性で問題となるような作品が入っているのも嬉しく、監督にも乱歩作品の最適者実相寺昭雄を中心に据え、PV系(竹内スグル)、ピンク映画系(佐藤寿保)、漫画家系(カネコアツシ)といったカネコアツシを除いては、ひょっとすると化ける可能性のある監督が選ばれているのも興味深く、またバランスが良いと思えた。
 個人的には全作実相寺昭雄薩川昭夫で良かったのだが、と思いつつ観た「乱歩地獄」だが、観終わって呆れ果てた。実相寺昭雄の作品がなければ、このゴミ映画、愚作と悪態をついて早々に忘れ去りたいゴミでしかないと思った。

火星の運河」 ☆

監督/竹内スグル    脚本/竹内スグル     出演/浅野忠信 森山開次 shan

 ま、ハナからよく映像化しようなんて思うよな、という作品なので、この程度のヴィジュアルで示されてもしょうがないかとも思うが、これまた典型的PV監督らしい、映像への過信と乱歩の強度なヴィジュアル要素が拮抗していない。当然乱歩の方が遥かにヴィジュアル要素を喚起してくれる。4作品中最も短い作品だが、単なるPVにしか見えなかった。

鏡地獄」 ☆☆☆★★

監督/実相寺昭雄    脚本/薩川昭夫     出演/成宮寛貴 浅野忠信 小川はるみ

 海岸に並ぶ鏡台を見た時の安堵感、それに続く日本間に並ぶ女達を鏡越しに捉え(以降、多くのショットが鏡を通して描かれる)たのを目にしたら、それはもう当然実相寺の世界で、「ウルトラマン」の「真珠貝防衛指令」の鏡を想起するまでもなく、堂に入った使い方で興奮させられた。どのシークエンスにおいても鏡が意匠として機能しているが、それをこれ見よがしにでなく、技巧を技巧として見せないのは流石だ。
 前作「姑獲鳥の夏」は実相寺の形骸化と言うか、ま、予算の大きいメジャー作品での実相寺は外すという読み通りの仕上がりになってしまったが、本作では流石にいつもの薩川昭夫の脚本を得て、のびのびと好きなようにやっていて、ひたすら楽しめた。
 ただし、「屋根裏の散歩者」「D坂の殺人事件」といった乱歩映画化作品ベストである前2作に比べると質が落ちるのは幾つかの原因があると思う。実相寺が果たして「鏡地獄」の映画化を希望していたかどうかは知らないが、これまでの2作並びに今後映画化を希望している「陰獣」「盲獣」、又「屋根裏の散歩者」DVDのオーディオコメンタリーで明らかになった先頃企画を動かしていたという「湖畔亭事件」、「屋根裏の散歩者」以前の企画として薩川昭夫が脚本も書いたがうまくいかなかったという「赤い部屋」にしても、いずれもヴィジュアル要素全開の作品よりもむしろ物語を語る方面の作品で、実相寺は不用意にヴィジュアル要素寄りの作品に手を出してはいない。それは正に賢明というものだが、本作においては、原作からの脚色がこれまでとは趣が異なるということもあるが、物語側にもヴィジュアル側にも付きかねる中途半端なものになってしまった。肝心の全面鏡で出来た球体の中を映像化しえなかったのは辛い。
 更に、演じる側の問題がある。この作品というか「乱歩地獄」は浅野忠信のコマーシャルフィルムの側面が強く、浅野自体は好きだし、作品がかかれば欠かさず観に行く(作品、監督の選定も良い。浅野が出ていなくても観たいと思わせるものに出ているということもあるが)のだが、乱歩でも合うものはあるのだろうが、「乱歩地獄」では悉く外れていた。これは近年の彼の出演作でも珍しいもので、製作者側が浅野忠信さえブッキングしておけば良いという程度に扱ったのではないかとさえ思えてくる。
 どう考えても浅野忠信明智小五郎はおかしい。これが実相寺乱歩の明智で定着していた嶋田久作を外してでもやるようなものか。「D坂の殺人事件」では明智と小林少年(三輪ひとみ)の仲の妖しさまで暗示しえるという偉業を成し遂げたのに。更に不味いのは成宮寛貴で、もう乱歩的世界の住人を演じることができる若手俳優がいないという事実を確信させられてしまう不味さで、久々に「リング」松嶋菜々子並の作品の完成度を下げる俳優だと思わせられた。一応、極力現代性を排除してはいるが現代(「ウルトラQ〜darkfantasy 第24話「ヒトガタ」でも同様の表現)という設定なので、成宮の髪型云々や喋り方は置くとして、狂気を感じない。ハードなSMシーンもあって相変わらず実相寺が濃密に責めを見せてくれる(女の突き出した舌へ男の舌ですくったり、舌へ蝋を垂らしたりと素晴らしい)のだが、それを演じる成宮の腰が引けている。実相寺の、乱歩の、ディープな世界には全く荷が重いといった感で、それが作品の質を下げた。
 とは言え、4作中唯一マトモな映画であり、「乱歩地獄」の存在を許す佳作に仕上げている。この作品だけは観る価値がある。
 

芋虫」 ☆☆★★

監督/佐藤寿保    脚本/夢野史郎     出演/松田龍平 岡元夕紀子 大森南朋 浅野忠信 韓英恵

 乱歩の作品中ベストを選べと言われれば、自分は「芋虫」を挙げる。そして、誰もが自分でこの原作を映画にしてみたいと思う作品はあるだろうが、自分は「芋虫」を映画化したいと思い続けてきた。主演は乙武広匡で。「愛のコリーダ」以上のハードコアでやりたい。などと学生の頃から言っていたが、実際課題制作の枠では無理なので自主制作で権利所有者の許可を取らずに勝手に作ってしまおうかと、ロケに使える旧家の蔵付きの家があったこともあり企画したが、結局そのままに終わった。今から思えば暇な学生の時ということもあったし強引にハードコアは無理としてもやっておけば良かったのだが。
 と、まあ自分でも作りたいと思ったぐらいなので、「芋虫」の映画化にはかなり興味を持っている。実際、神代辰巳は確かショーケンでやろうとしていた筈で「映画芸術」には脚本が掲載されたが、それも悪くはないが、自分はもっと原作と同じく土蔵の4畳半ほどの畳の上で手足のない包帯ぐるぐる巻きの男と妻のやりとりとセックス、そして屋敷に住む年老いた上官と妻のやりとりだけで観たい。
 兎に角、初の映像化である。しかも監督がPV系や漫画家系ではなくピンク映画で名高い佐藤寿保なので、前述のセックス描写共々期待できるのではないかと思った。
 結果から言うと、駄目だった。根本的に何故土蔵ではなくあんなコンクリート打ちっぱなしの部屋にしたのか。松田龍平浅野忠信韓英恵が全く不必要。(韓英恵は小林少年としてなら三輪ひとみの後枠に持ってきても良いくらい悪くないのに全く要領を得ない使われ方をしている)例の男の目玉をナニするシーンが全く駄目で、何故性交の絶頂期に目玉をナニしてしまうという無我夢中な状態を描けていないのか。
 佐藤寿保は「芋虫」の映画化を以前から希望していたらしく、それだけにさぞかし、わかった演出をしてくれるだろうと思ったのだが。
 後半の松田龍平が出てきてからの展開は全く不可。自主映画並の軽薄な科白、描写が続き、ひたすら拷問のように辛かった。あの素晴らしい「芋虫」が、こんなにも改悪されてそれでまたここまで極端につまらないとは。
 岡元夕紀子が不揃いな乳房ながらまた脱いで好演しているのだが、それだけにからみも、もっと芋虫との濃密な空間作りをしてほしかった。何故か松田龍平側に視点がいってしまっている。
 残念な凡作。

」 ★★

監督/カネコアツシ    脚本/カネコアツシ     出演/浅野忠信 緒川たまき 田口浩正

 「蟲」もかなり好きな作品で、これは「芋虫」に比べて「コレクター」や「ポルノの女王 にっぽんSEX旅行」と同系列なので翻案がし易いと、学生の頃、盗作にならない程度にオリジナル要素を加味して脚本化して課題制作の際に提出したが、昭和初期の再現に金かかるとか諸々の諸事情で別ネタに変わってしまい陽の目を見なかった(結局翌年乱歩テイストと右翼テロのネタを混ぜた実験映画を作って自己満足化は果たしたのだが)ということもあり、こちらも愛着があるだけに映画化されるのは嬉しい。ただし、何故カネコアツシが出て来るのかは謎だが。
 それにしてもこれは酷い。「蟲」の映画化と言いながらダシにされただけで、自主映画以下の代物になっている。
 開巻でクラシックカーが出てくるから、原作通りやるのかと、(「鏡地獄」も「芋虫」も現代に移したり北村道子の特徴ある衣装やら美術やらで原作のニオイがかなり消されていた)期待したが、何とクラシックカーの中でCDがかけられ、あろうことか携帯が鳴り、緒川たまきは出るのである。以降はもう一々挙げていくと全てになってしまうが、思いつきレヴェルの描写が延々続くのみ。
 どうやら不条理コントをカネコアツシはやりたいらしく、浅野忠信はブリーフ一枚で商店街で四方に頭を下げて謝っていたり、緒川たまきを絵の具で塗りたくって、メッシーフェチな方は喜びそうな展開になったりする。笑いに持っていくならそれでも良いが笑えない。失笑のみ。
 こーゆー素人の悪ふざけを江戸川乱歩の名作「蟲」を騙って作られるのは犯罪的だと思う。映画以前のゴミ映像だ。



 結局、「鏡地獄」だけがかろうじて映画たりていたという結論になるが、それにしても「乱歩地獄」のプロデューサーは何の目的でこの作品を製作したのか。椎名林檎の短篇「百色眼鏡」と大差ない、あるいは下回るような出来のものしかないのはどういうことか。或いはそれを目指していたのか。
 シネセゾン渋谷をメイン館に浅野忠信松田龍平成宮寛貴のW主演、エンディングには、曲は良いけど全然合ってないゆらゆら帝国が流れるというところからして、ターゲット層は自ずと見えてくるが、だからこんな作りで良いと思っているのだとしたら、完全に乱歩も映画も舐められている。「乱歩R」を面白いという知り合いが居て驚いたことがあるが、この方は乱歩は読んだことがないし、そっち系の映画も観ない極く普通のヒトだ。だから、時代が現代にという批判も全く受け入れられなかった。この作品の製作者達も記号としてのレトロな雰囲気さえ出ていればそれで良いという認識なのだろうか。原作を脚色ではなく、全く別ものの映像に走っただけのモノに改悪しても構わないという認識なのだろうか。
 靖国神社に行くのがどうして駄目なんですか、愛国心を持ってナニが悪いんですか、と同じ様に現代に設定を移すのがナニが悪いんですかと言われるのだろうか。金田一耕助も直ぐにまた現代を舞台にスーツでピストルを持って走り回るに違いない。