映画 「異常性愛記録 ハレンチ」

molmot2006-09-01

204)「異常性愛記録 ハレンチ」 (テアトル新宿) ☆☆☆☆★

1969年 日本 東映京都 カラー スコープ 89分
監督/石井輝男     脚本/石井輝男     出演/若杉英二 吉田輝雄 橘ますみ カルーセル麻紀 丹下キヨ子 宮城千賀子 花柳幻舟 小島慶四郎

 
 早々に観に行く予定が結局例によって最終日になってしまったが、朝にテアトル新宿の前を通った段階で整理券を貰っておいて、準備万端で期待に胸高鳴らせながら観たら、もうとんでもない大傑作で、エンドレスで観ていたかった。邦洋合わせて今年観た作品の中でもダントツの、映画史に残る凄い作品だったよ〜ん。
 何度でも繰り返し観たい。いつまでも観ていたかった。DVDは是非早々に発売してもらって、個人的にBGVとして最も長く使用している「ウィッカーマン」「日本春歌考」と並んで、「異常性愛記録 ハレンチ」も常時モニターに映しておきたい。
 タイトルバックの素晴らしさに魅了された。眼球のドアップと、笑いそうになるぐらい鼻の穴も接写して鼻毛丸見えで、シネスコのスクリーンであんなに鼻毛をしげしげと眺めたのは初めてだ。と言ってもオッサンの鼻の穴なので、鼻の穴フェチ系の需要を満たすものではない。で、更に羽毛で白く染まる中に血が飛び散るカットも飛び交う美しさ。
 開巻間もなくの、朝焼けの橋を橘ますみと吉田輝雄が歩くシーンの美しさがただごとではない。カメラを地面すれすれまで下げてベビーに据えたカメラからあおり気味で逆光の二人の姿をフルサイズで捉えているショットにはハッとさせられた。
 観終わって劇場から出てきて、しばらく茫然と歩いていたら、フト本作の回想形式がかなり無茶をやっていると思ったが、それは観ている最中にも当然わかってはいたが、次の展開が全く予測できない画面の凄さに夢中になって、一体どこから現在進行形になったのかとか、プロットを書き出せば、物凄く単純な反復によってしか形成されていないと思えるが、演出と撮影所の技術と若杉英二によって、恐ろしいまでに緊張感の途切れない作品になっていた。
 若杉英二ワンマンショーと言える作品だが、若杉英二が何故こんなことになっているのか唖然とするばかりで、石井輝男に何か弱みでも握られていたのかというぐらい、とり憑かれたような凄い変態を演じている。
 幼少時に祖父母の家に昼間預けられていて、祖父母が見るような昼間の関西ローカル番組、具体的には『2時のワイドショー』などのオバハン向けに置いてあるような番組で、嫁姑問題を扱うコーナーがあり、ご意見番としてどこかの坊主とミヤコ蝶々がコメントするというものがあった。スタジオで生で再現ドラマをやって問題を立体的に描くという方法をとっていたが、それを演じるのは桂春之輔や、松竹新喜劇の脇のヒトだったと記憶するが、マザコンやDV夫や、コロコロ豹変する夫などの相談事もあったわけで、その生再現ドラマの雰囲気を何故か思い出した。関西の番組だから脚色は相当オーバーにやるので、そのテイストが似通っていたと感じたのだろうか。ま、何にしても幼少時にそんなんばっか観て、その人物達に過剰に感情移入していたらロクな大人にならないというのだけは実感している。
 若杉英二が京都のあほぼんというだけで嬉しくなるのは、自分は『あほぼん映画』に目がないからで、これも幼少時に当時はまだ土曜午後になると松竹新喜劇の舞台中継がレギュラーであり、藤山寛美のあほぼん芝居を大量に観て刷り込まれているのが原因ではないかと思うが、市川崑の「ぼんち」にもかなり思い入れがある。因みに10歳頃だったか、藤山寛美があほぼんを演じる際のビッチリ横分けを自分の髪型のデフォルトにしたいと何故か唐突に思い試みたものの、母親が頼むから外にだけはその髪型で出掛けてくれるなと懇願するので断念した記憶があるが、止めておいて本当に良かったと思う。
 というような理由やら諸々の理由で、若杉英二にはある種の一体感を感じつつ見入ってしまい、中盤で若杉が橘ますみの母親と対峙するシーンで、戦闘態勢を取った若杉が両手を構えるのだが、その手の配置が胸より低く、テレフォンパンチどころの騒ぎではなく、この手はどう使うんだというような微妙な位置に構えるのが面白くて、思わず自分も観ながら同じ握り方で目立たないように構えてみたが、あの位置からでは殴ることもできないなと。まあ、この作品は観終わると若杉英二の物真似がしたくなるようになっているので、今後練習に励みたい。後述するが眼球の咄嗟の動き方を習得すれば、あとはキチガイ笑いと、だよ〜んを語尾につければかなり近いところまで行くのではないかと思う。
 開巻近くの、橘が自室に帰って来たところを若杉が抱きかかえて風呂場に連れて行くシーンで初めて例の笑い声がこだまするが、これには心底驚かされた。ウヒャヒャヒャヒャという非常にリアルなキチガイの笑い方ができているのが素晴らしい。笑い袋だってここまで見事な笑い方はしないなと思った。なんで若杉英二、こんなに頑張ったんだろ‥。この一連のシークエンスで既に若杉の狂気っぷりが映画史モノだと気付かされるのが、風呂に橘を頭から押さえつけて沈めるシーンの若杉の表情が凄いからで、全然橘の方を見ずに、ウヒャヒャヒャと笑いながら沈めていくのだから怖い。子供を集めて見せてやりたい映像だ。
 チャイムが鳴ったことで中断されるわけだが、これは以降、終盤まで限りなく反復されていく。危機が何度となく訪れるものの、外部からの闖入者によって阻害される。
 以降は、若杉英二をひたすら眺めるのみだ。眼球の動きが凄い。都合が悪くなった時の左右に目をキョロキョロさせて不安げに辺りを伺うのと一瞬にして加害側に回る瞬間を1カットの中で目だけで見せているのが凄い。だから若杉の演技は予想不可能で、次にどんな表情をして、どんな行動に出るのか全くわからない。だから、こちらも緊張感が途切れず何が起こるか分からなさ過ぎる恐怖を感じて息苦しくなる程だった。それは、吉田輝雄と橘が話しているのに嫉妬した若杉が取った行動として、吉田の煙草を吹き消すという、余りにも意外な行為や、堕胎手術を受けるべく病院の受付から若杉に電話すると、無機質な『はい‥。はい‥。はい‥。はい‥。』という声しか返ってこない恐ろしさにも言えることで、今ならこのキャラでシリーズができる。
 因みに、病院周りは東寺の側で撮影されいるので、アングルによっては直ぐ横に「ポルノの女王 にっぽんSEX旅行」で使用された小屋が見えてもおかしくない位置だったので注意して見ていたが、残念ながらそちらにはカメラは振らなかったようだ。
 本作で最も凄いのはゲイ絡みの一連のシークエンスで、どっちでもええんかオッサン!という驚きもありつつ、素晴らしいのがゲイバーでのダンスシーンで、初めはロングでかなりの人数が居るのがかわるくらいの作りこみがされているが、若杉が相手のオトコノコを探すというシチュエーションでは、間を取り持つゲイと、オトコノコが出てきて若杉が選抜していくのだが、これを、若杉、取り持ち、各オトコノコタチの3カットでバストサイズのみで見せる。みんな踊りながらなのだが、これが何人か選抜用に出てくるのでそれなりに長い。セットの関係で引けないのなら兎も角、ロングにできるのに敢えてしていない。その結果、異物感溢れる素晴らしいシークエンスとなっている。殊にピカチューフラッシュをかなり長時間浴びせるのだが、基本的に学生の頃から、映画を観るのが趣味で映像に係わっているからには、ピカチューフラッシュは絶対避けてはならないし、瞬きもしてはならないと何故か決めているので、今回も一瞬も目をそらさず見続けた。しかし、驚くくらい長く、また二回もあるので、ちょっと驚いたが、それでも耐えたのは、その明滅の中で若杉がまた凄い顔してくれているからで、DVDになったらこのパートのみエンドレスで観ていたい。やはり子供を集めて見せてやりたい映像だ。
 以下、ネタバレ含む。
 終盤の展開を知らずに観る事ができれば良かったのだが、残念ながら知っていたので、いつ起きるのかという視点で観ることになったのは残念だったが、それでも「岸和田少年愚連隊 血煙り純情篇」みたいなものだと思っていたので、あの素晴らしい展開には呆気に取られ、撮影所の映画という意識を強く持った。それにしても終盤の吉田輝雄と若杉のナイフを介した戦いは、ナイフというのは存在しなくても良い物で、二人の眼球によって勝敗が決まるのだと思った。交錯しているようでそうはなっていなかった視線が交わることで、若杉は黒こげになる。尚、この終盤において橘が若杉に『ハレンチよ!』と言うのは遅きに失する。開巻近くの刺身踏んだぐらいの頃にもう言っておけよと。
 後、料亭の机の映りこみのみで行為を見せてしまうところなど感心した。
 映画史に残る素晴らしい大傑作だ。タイトルだけ石井輝男なので知ってはいたが、こんなに突出して凄いものだとは思ってもいなかった。改めて不在を嘆き、追悼したい。