映画 「花よりもなほ」「雪に願うこと」「M:i:III」

molmot2006-09-08

209)「花よりもなほ」 (新文芸坐) ☆☆☆★

2005年 日本 「花よりもなほ」フィルムパートナーズ カラー ビスタ 127分
監督/是枝裕和     脚本/是枝裕和     出演/岡田准一 宮沢りえ 古田新太 香川照之 田畑智子 千原靖史 木村祐一 寺島進 浅野忠信 夏川結衣 加瀬亮 石堂夏央 絵沢繭子 平泉成 石橋蓮司 トミーズ雅 南方英二 國村隼 原田芳雄 中村嘉葎雄

 
 是枝裕和の作品はロクに映画が観られない時期でも欠かさず観て来たのに何故か本作は公開時に見逃したので新文芸坐で。と言っても「雪に願うこと」との2本立てなので丁度良かった。
 随分評判が悪かったので、どうなんだろうかと思いつつ観始めたら、「誰も知らない」に続いて自然光とライティングを巧妙に使って美しい画面が展開していたので、撮影所経験のない山崎裕共々途端に失速しないかという危惧は杞憂に終わり、明朗時代劇として心地良く観ていくことができた。
 前半までは長屋のセットの活かし方や各キャラクターの配置(古田新太を中心に据えて、かなり演技の質にバラつきがあるにも係わらず、古田が全て受けの芝居でクッションを置くことで成立させていて良かった)といい、「かあちゃん」などでは不満だった部分が山中貞雄への目配せも入れつつ、瞠目させるものに仕上がっており、この調子なら全然良いじゃないかと思って喜んでいたら、岡田准一石橋蓮司が帰省するあたりまでは良いとしても、そこから終盤の例の芝居に到るまでが長い長い。それに四十七士のエピソードがうまくハマっているとも思えず、基本的に忠臣蔵深作欣二でも、あれだけ苦労して脚本を書き上げて馬力出しまくりの演出力で引っ張るぐらいしないと外伝やサブエピソードにハメ込むのは難しいことは、その他の外伝作品を観てもわかることだけに、本作を観てもやはり巧くいかないと思った。大体、これぐらいの軽いハナシなら、80分台がベストで、せいぜい90分が良いところで、100分あるとちょい長く感じるんじゃないかと思うくらいで、これを127分もかけるなんてのはどう考えても不可で、プロデューサーが脚本の段階で言ってないのだろうか。
 それに終盤の例の芝居の箇所に到るまでの盛り上がりに欠け、突然付け足したかのような入り方をするので首を傾げた。
 又、出演者は豪華なものだが、既成のイメージが流用されているのは、作品にとって良かったのだろうか。宮沢りえ寺島進浅野忠信夏川結衣石橋蓮司トミーズ雅原田芳雄などがそれに当たるが、「御法度」「座頭市」「たそがれ清兵衛」といった有名作過ぎる近作のイメージをそのまま持ってきているのは安易ではないのか。それは、是枝裕和ならば、この作品の造形を観ればわかる通り、そんな安易な流用に思われかねないことをしなくとも十分な作品が作れると確信しているからこそ残念に思う。ま、出自も似ている黒木和雄大島渚へのオマージュ的に敢えてと考えられなくもないが。
 傑作になり得る素晴らしい要素に満ちていただけに、好きな箇所もたくさんあるのだが残念な作品だった。

210)「雪に願うこと」 (新文芸坐) ☆☆☆★★

2005年 日本 「雪に願うこと」フィルムパートナーズ カラー ビスタ 112分
監督/根岸吉太郎     脚本/加藤正人     出演/伊勢谷友介 佐藤浩市 小泉今日子 吹石一恵 山本浩司 山崎努 草笛光子

 根岸吉太郎の新作に劇場でリアルタイムで接することができるようになったのは「絆 −きずな−」からで、その前の「課長島耕作」は観に行くか迷った末にパスしたのを覚えている。しかし、それ以降、根岸吉太郎は「乳房」「絆 −きずな−」「透光の樹」しか撮っていないのだから才ある監督ながら不遇としか思えないが、「透光の樹」以降は「雪に願うこと」「サイドカーに犬」と年1本ペースで新作が撮れているので良かったと思う。但し、個人的にはリアルタイムで観始めてから以降の根岸吉太郎の作品には、プロの安定した技術に感心しつつも、古めかしさを覚えてしまう。「絆 −きずな−」や「透光の樹」には現代の映画とは思えないような、80年代臭がして嫌だった。荒井晴彦が『森田芳光は(現在の映画を)勉強してる。根岸はしてないじゃないか』と書いていたと記憶するが、その辺りが根岸吉太郎に苦手要素を感じていたのかもしれない。
 その中で、本作は良質な日本映画というべき秀作で、個人的好みではないにしても、それでも脚本、演出、撮影などに随所にプロの手腕を感じさせる作品で、前2作に感じさせた妙な古めかしさはかなり削減され、見応えのある作品になっている。
 誠に申し訳ないハナシだが、伊勢谷友介のことを自分は“濁音”と呼んでいる。フィルモグラフィーを眺めてみると、「金髪の草原「ワンダフルライフ」以来、「カクト」「月に沈む」などの初期作から付き合い続けていることに今更ながら気付いたが、この“濁音”は、演技の幅が年を追うごとに狭くなっているように思えてならない。殊に「CASSHERN」でナルシスト演技が爆発して以来、近作の「嫌われ松子の一生」「ハチミツとクローバー」を見てもそれに磨きがかかっていく一方で、見苦しいことこの上ない。逆に「嫌われ松子の一生」などはその辺りを狙ってキャスティングされているようにも見え、又「ハチミツとクローバー」では、西島秀俊枠へ行けるかもという淡い望みを持たなくもなかったが、いかんせん演技が一本調子なので、西島秀俊のような幅のある演技は望めない。で、最も問題なのは、どんな科白を喋ろうが濁音になることで、『ダダイマ。ガアザンドウジダノ?』となってしまい、物語の展開上、母親が出てきたりすると最悪で、『ガアザン‥ガアザン、ドウジデ。ボグバ、ボグバ‥ガアザン』といった様に、どんな作品であっても「CASSHERN」かと見紛うようなものになってしまうという悲惨な事態が発生してしまう。その中では本作もタイガイなのだが、それでもかなりマシな部類と言うか、根岸吉太郎だけに押さえるべき箇所は押さえていたので観ることができた。
 特筆すべきは、助演者山本浩司の初めての成功で、山下敦弘の作品以外で助演者としては初めての成功ではないだろうか。近年多くの作品で見かけるものの、ワンポイントリリーフ的扱いが多く、または山下作品での山本浩司劣化コピーみたいな扱いで、助演者山本浩司の魅力が出ていたとは言い難かった。その点で本作は、かつてなら川谷拓三あたりがやったであろう精薄っぽさも加味された男を演じていて、とても良かった。
 馬の調教映画に興味はなく、「海猫」といい佐藤浩市が田舎の粗野な男を演じているのが好きではないとかあるのだが、やはり加藤正人の脚本が良いし、演出が正確なので感心して観てしまえる。 


211)「M:i:III」〔MISSION: IMPOSSIBLE III〕 (Tジョイ大泉) ☆☆☆★★★

2006年 アメリカ Paramount Pctures カラー スコープ 127分
監督/J.J.エイブラムス     脚本/J.J.エイブラムス アレックス・カーツマン ロベルト・オーチー     出演/トム・クルーズ フィリップ・シーモア ヴィング・レイムス ビリー・クラダップ ローレンス・フィッシュバーン

 このシリーズも丁度10年続いているのかと思ったが、劇場で全部つきあっているので、1作目はココで誰と観たとかというような思いもあったりするが、思い出すのは1作目の公開時に高校生だった自分は、同級生とこのような会話をしていた。
 『トム・クルーズの今度の映画知ってる?』『「スパイ大作戦」のリメイクやろ?』『タイトル何やったっけ』『エート、何やったけ』『ホラ、あれやん。芳本美代子が‥』『芳本美代子が何やの?』『芳本美代子が立たないオトコを立たせようとする‥』『あー、ミッチョン:インポシャブル』『そうそう「ミッション:インポッシッブル」や!!』。
 シリーズモノのスパイ映画に限ってなのかどうか、名だたる監督を起用しない方がシリーズは安定するんだなと思う。007シリーズでスピルバーグタランティーノがいくら監督を熱望しようと聞き入れられないのは、案外賢明な選択なのかもしれないと思う。例え傑作が生まれる可能性が高くとも、可もなく不可でもない作品を作り続けることがシリーズを継続させる秘訣なのだろうか。
 などと考えたのも、ブライアン・デ・パルマジョン・ウーを起用した本シリーズは、一夕のエンターテインメント程度としては申し分ないにしても、各監督の作品歴の中では低い位置に属する部類になってしまっているのは何故なのだろうかと漠然と考えていたからで、むしろ職人監督を起用した方が良好な結果を招くのではないか。
 本作の撮影開始は随分遅れに遅れ、監督もデビッド・フィンチャージョー・カーナハンが降板してJ.J.エイブラムスに決まった時は誰だと思い、トム・クルーズの言うがままに動く雇われ職人を引っ張ってきたなと思い込み、ロクなものにならないだろうと思った。
 ところが実際に観てみると、シリーズ中の最高傑作というべき素晴らしい仕上がりぶりだった。既に1作目以降はオリジナル版からは遠く離れているのに、今になってオリジナルと違うから最低だとか愚にもつかないことを言うヒトも居て、そんなことは観る前からわかっているのだから、それが嫌なら観なければ良いだけのハナシだと思いつつ、J.J.エイブラムスの演出には何度も瞠目させられた。
 目くらまし的な細切れアクションではなく、具体的なカットでアクションを描くということをやってくれているだけで、いかにアクション映画が格段に面白くなるかがよくわかる作品で、観ていてひたすら手に汗握り、楽しめた。
 スパイの結婚という問題は「女王陛下の007」や「トゥルー・ライズ」でも描かれていたことだが、困難さがつきまとい、妻が巻き込まれる事態を招く。
 開巻の妻を人質に取られたフィリップ・シーモアとの緊迫したやり取りから唐突に入り、危機が持続したままタイトルへ。そこからホームパーティーシーンへと入り、読唇術をしっかりアピールしておいて、諜報員奪還シーンへ。本作でのヒッチコックへのオマージュに強引に結びつけるなら、あのヘリが風車型の中を飛ぶのは「海外特派員」の超拡大再生か。
 結婚を経てフィリップ・シーモアバチカンでの誘拐シーンに、「ルパン三世 カリオストロの城」を連想させつつ、ロングで見せる箇所とトムのアップ、アクションを見せる際の引きと寄りの効率的使用などを実に巧く見せていくので、近年のアクション大作では出色のものになっている。
 橋の上でのフィリップ・シーモア奪還シーンの凄さや、上海へ移ってからのビルへの無茶な飛び移りをやってしまう荒唐無稽さの魅力や、強奪シーンを描かない省略法の見事さなどが実に良い。
 終盤に到るまで淀みなく描ききったJ.J.エイブラムスは、トニー・スコットマイケル・マンの系列に入りうる才の持ち主だと思う。
 恐らくこのシリーズも打ち止めになる可能性が高いと思うが、最後に素晴らしい秀作を作り出してくれた。