シナリオ 『(秘)色情めす市場』 

molmot2006-10-15

『(秘)色情めす市場』(いどあきお) 〔「月刊シナリオ 1974.10」〕 ☆☆☆☆

(秘)色情めす市場 [DVD]
 必要があって、改めて少し前に古本屋で入手した『シナリオ』誌に掲載された『(秘)色情めす市場』のシナリオを読み返すが、圧倒的に素晴らしい。
 完成した映画本編との微妙な差異も含めて、いどあきおの脚本を田中登がどう映画化していったかに思いを馳せる。しかし、脚本の段階で、あの作品の芯は完全に形成され、人々は息づいている。
 白痴の弟は、脚本では縊死ではなく、通天閣から墜落死している。又、そこに到るまでの大阪道行に鶏を連れて行くのは脚本の設定にはない。
 いどあきおの前説に、本作の第一稿タイトルが、『男狩りのブルース・赤い哺乳類』という仮題がついていたこと、ATGとの提携の話が出ていたことなどを知る。いどあきおが書いているように「そうしたところが、ポルノと呼ばれる映画の面白い性格である。可能性と言ってもいい。/ATGの観客とポルノの観客とは、何処かでOLする部分があるのだ」と、正にそう思うが、田中登のATG映画として実現していれば、大幅にカットされたという本作の伝説のシーンの数々を観ることができたかもしれない。
 ところで、本作を『受胎告知』の名で呼ぶ方が散見できるが、あたかも正式題の如く呼ぶのには疑問がある。書きたいなら、それが原題なり断り書きをした上で、映画化タイトル『(秘)色情めす市場』を併記すべきで、いくら監督が『受胎告知』にしたかったと拘りを持っていたからと言え、『(秘)色情めす市場』を無いものの如く扱われるのは困る。そんなことを罷り通らせようとしているなら、大島渚の『愛と希望の街』も大島が望んだタイトルではないのだから、是非『鳩を撃つ少年』と普段から呼称してもらいたい。足立正生の『噴出祈願 15歳の売春婦婦』も、映倫の横槍で年齢が不味いということで『噴出祈願 15代の売春婦』という、わけのわからないタイトルになっているが、紹介する際には好意的に『噴出祈願 15才の売春婦』と書いてある場合もあるが、これも正式タイトルは『15代』なのだから、それで表記した上で『15才』を併記するべきだ。と言うのも、既に『15代』は誤植であると勘違いして書かれていたのを以前目にしたからで、何かで検索する際にどのタイトルで探せば良いのかということにもなる。
 
 田中登が『シナリオ』誌に書いた一文が『(秘)色情めす市場』を観ていく上で重要だと思ったので、そのまま書き写すのはアレなのだが、満足に追悼特集が組まれそうな気配もないし、ちゃんと業績を纏めた本が出るかも定かではないので、短いものなので勝手に書き写しておく。誰かこれまでに発表されたそう多くはないであろう文章を纏めて欲しいものだが。


「受胎告知」(仮題)について想うこと   監督 田中登

 人、この門を過ぎて悲しみの街に入る。
 人、ことごとく、その希(のぞみ)を捨てよ。
                    (ダンテ神曲、地獄篇より)

 自由ははてしなく孤独だ。自由と孤独は今や、多用な密室空間を個々の人々の中で型作りながら、浮遊し、彷徨し、消滅し、再生しながら、それぞれの生き場所と死に場所を求めて怠惰な日常性の中で様々な死に様、生き様をくり返し、空しくエネルギーを拡散させている。他者の自由空間と自己の自由空間とのとめどもない触れあい、相殺、葛藤。それは常に血の死を求め、血の復活を求める。死の意識を通して自由と孤独に己の性(セックス)をひたしながら、性(セックス)を生活の手段として、この自由空間への総ゆる接近と離脱を思考するやさしい娼婦トメ。トメは釜ヶ先という我等の中でかつて神話の如く、ごく自然に語りつがれた犯罪と労働と貧困の熱い共同幻想体―彷徨者の群像の中で今だかつて経験したことのない静かさで拡大する精神の空洞化現象、精神の疎外化現象の磁場の中で、時には攻撃時に、時にはやさしく自己主張する。このやさしい娼婦が、この精神の荒涼地帯、無限の根なし草集団の中で自分自身には確固とした形で目には出来えないが、確かに自分の中で発酵させ受胎し得たものは何か。この娼婦自身にもはっきりと言えないが確かに存在したもの、これを見つけだすことがこれがこの仕事のこころみである。トメの経た熱い体験―(羽毛の肌ざわりにも似た若者との出会い、そして別離。日常的で軽やかな爆死をとげる三人の男女の死。白痴の弟。娼婦の母。サック再生業の男。等々‥‥)。空洞化されるトメの存在を通して、あまりにも孤立化されたこれ等の個々人を見極めること、これがこの作品のこころみである。

 人はいまやはてしない自由空間の中で、自己処罰を伴い、未来に対する漠然とした予感を保持しながら精神を肉体化させ、肉体を精神科させ、他者との空間の接点を求め、生の意味を確かめるべく、絶望的ともいえる孤立無援の自立を求めて、悲鳴をあげているだけだ。
                                                           (昭和49年4月13日)

「月刊シナリオ 1974.10」より                        


サウンドトラック 『(秘)色情めす市場〜日活ロマン・ポルノの世界』
2006年10月21日発売 2,520円(税込)
秘色情めす市場~日活ロマン・ポルノの世界

■DVD 『(秘)色情めす市場』(再発売/リプライスシリーズ)
2007年6月発売 3,990円(税込)
 (日活より発売されていたDVDと本編・特典映像は同一のものを使用)