映画 『あほう』『凍りついた炎』『幸福』

第19回東京国際映画祭  特集上映 今村昌平追悼特集

 

 コンペティションの『魂萌え!』を観に行っておいて言えた義理では全く無いが、東京国際映画祭で重要なのは特集上映で、殊に普段観る機会のない作品の上映こそ注目すべきだ。今年は亡くなった今村昌平と、90歳を越えて大作を撮りきった市川崑の特集が組まれているが、目を引くのが今村昌平の場合は、日本映画学校の実習として製作した『あほう』と『凍りついた炎』が上映されることで、昨年9月にも川崎市市民ミュージアムで上映されているのだが、その時は見逃していただけに、今回の上映は有難かった。ソフト化されていない幻の今村昌平監督作品が上映されるのだから、もっと大きな話題になって当然の筈だが。
 本来こういった重要な作品の上映は、多くの観客が観ることができる週末に上映すべきで、平日の真昼間に上映する見識を疑う。大体、観ればわかることだが、単なる学生の実習に留まらない今村昌平の優れた短篇なのだから、東京国際映画祭発として、この重要な作品をアピールする機会になりえただけに残念だ。
 客席も閑散とした酷いもので、自分も無理矢理予定を空けて駆けつけたので、『あほう』の冒頭2,3分を見逃してしまった。
 尚、このプログラムのみ無料で上映された。


252)『あほう』  (ル・シネマ) 不完全鑑賞につき評点なし

1975年 日本 横浜放送映画専門学校・第1回実習 モノクロ スタンダード 13分
監督/今村昌平    脚本/我妻正義    出演/日野利彦 京谷道子 木村 隆

 
 前述したように、冒頭2,3分を見逃したので、この作品について書くことはできない。いつの日か再見できることを願う。
 ただ、残りの10分ほどを観ただけでも鮮烈な作品だった。
 農村、近親相姦、セックス、といった今村的要素満載な中に、小人という存在を投じているのが凄い。単なる異物ではなく、強固に画面に存在していた。
 まさか『あほう』が、『小人の饗宴』や『追悼のざわめき』と並ぶ重要な小人映画とは思っていなかったので、画面を見詰めながら興奮した。小人は『追悼のざわめき』にも出ていた日野利彦。
 小人で少し足りない感じの兄と、妹とヒモの夫の三人の暮らす農家の描写は、『にっぽん昆虫記』を想起させるが、勝るとも劣らない濃密さに満ちていて、兄が妹に結婚しようと言うも、それはできないと悲しそうに呟く妹が、兄が痒いと言う背中を愛しそうに掻く姿など、ハッとさせる魅力に満ちている。又、妹と夫のセックスを覗き込む兄のアップなど、『エロ事師たちより 人類学入門』の小沢昭一の8mmを持つアップを思い起こさせるが、日野利彦の目の力強さを巧みに捉えている。
 上映終了後のトークで、この作品が入学して4ヶ月ぐらいの生徒と共に撮ったと聞いて驚いたが、『復讐するは我にあり』で劇映画に復帰する4年前の今村昌平が撮った作品が、やはり農村を舞台にした性を凝縮した作品であったことは興味深く、遺作になった『おとなしい日本人』においてもやはり農村と性の匂いに満ちた作品に拘りを見せた今村昌平を再確認するためにも重要な作品だと思う。
 小人の兄が、崖の上から、カーカーと鳴きながらカラスの群れと共に飛び出す驚きは、短篇ならではの大胆な飛躍で、まるでインディーズの過激な映画作家がやりそうな展開を、今村昌平がやってしまうことに驚いた。
 『おとなしい日本人』という作品はとても好きな短篇だったので、今村昌平が念願の『新宿桜幻想』の実現が困難であるという中で、じゃあ短篇を何本か作ろうと表明した時には、とても期待したが、30分で2億とか、なかなか実現が難しいようなことを言ってしまっていたので、実際実現しなかったのが残念だが、長編が体力的に云々と言うなら何とか短篇の連作だけでも観たかったと思う。まあ、今村昌平のことだから30分と言いつつ90分ぐらいまで延ばしてしまって長編にしてしまうんじゃないかと思うこともあるが、『おとなしい日本人』の丹波哲郎のように往年の今村組参加者が主演してしまえるような短篇の連作が観たかった。『あほう』の素晴らしさからも短篇作家今村昌平の作品をもっと観たかったと思わずにいられない。



253)『凍りついた炎』  (ル・シネマ) ☆☆☆★★

1980年 日本 横浜放送映画専門学校・第三期研究科 カラー スタンダード 37分
監督/今村昌平    脚本/田村浩太郎 清水信行    出演/山本龍二 猪俣光世 渡辺とく子 北村和夫


 『あほう』は、まだ拙さの残る実習作という思いと、その範疇から大胆に飛躍する魅力を併せ持っていたと感じさせたが、続いて観た『凍りついた炎』は、今村昌平の長編劇映画と同等、或いはそれ以上の凄さに満ちていて、本作を無視して今村昌平を語って良いのかとすら思う。
 
 朝帰りした夫が炬燵の上に“寝ずに待ってたのよ”という妻のメモを見つける。妻は夫の実家の理髪店を手伝っている。遅れて店へやって来る夫へ冷たく対応する妻だが、夫の母は夫を溺愛している為、妻を戒める。
 理髪店に出入りする男は母と懇意にし、父が遺した借金を肩代わりしてくれたりしているが、母は薦められるままに暖房を購入したりするため、夫婦にとっては鬱陶しい存在である。
 夫は夜な夜な出かけて行く。映画館のソファで北村和夫と唇を重ねあう夫。その姿を知り合いに目撃されてしまう。知り合いは後をつけ、二丁目のスナックで更に二人の過剰な行為を見つけ、妻へ匿名の電話をする。妻は母と懇意にしている男に頼み、二丁目へ向かう。店内の様子を見に行ってもらい待っている間に妻は前の道を通る夫と北村を目撃する。後をつけると、二人はホテルへ入るところだった。夫に持っていたモノを投げつけて帰っていく妻。愕然とする夫。しかし、北村は気にせず部屋へ連れ込み結髪の仕事を紹介するなどと言っている。妻は男とホテルで酔い潰れた上で交わる。
 交わりを終えた夫は北村から金を受け取る。自暴自棄になった夫は二丁目で男娼を買おうとするが逆に殴られた上で金を巻き上げられる。路地でうずくまっていた夫は、ライターの火を店舗裏口横のゴミ箱につけて逃げ出す。
 妻は実家に帰り、離婚を求めてくる。母は妻が悪いに決まっていると言う。夫が出て行った後で、懇意にしている男は夫の性癖を母に話す。 
 北村を会社に訪ね(旧TBS玄関でロケ)るが、対応は冷たくなり、結髪も決まってしまったと言う。
 母は夫の性癖を知った上で、大丈夫だからと励ます。
 新宿近辺の店へ次々と放火を重ねる夫。やがて一枚歯の剃刀を忍ばせ、歩いているカップルを襲うようにもなる。

 
 といった展開で、マザコン、理髪店、匿名の電話による浮気発覚という展開に、『エロ事師たちより 人類学入門』や『うなぎ』(匿名の手紙で妻の浮気が露見する)を想起させるが、観る前にはそれらの作品の応用、或いは原型かと思っていたのだが、後半に行くに従って全く違うアナーキーな世界に突入してしまい、興奮させる犯罪映画になっていった。『復讐するは我にあり』の翌年に製作された作品だけに、犯罪を重ねる描写は乗りに乗っている。


(以下ネタバレ含む)
 夫が放火を繰り返していく描写が凄い。勿論、店舗が全焼しているのは、ニュースフィルムを借りてきているのだろうが、店の裏口やアパートへ火をつける際の火が広がり、立ち昇るのをじっくり見せていて、実習の枠組みを遥かに超える凄い炎を観る事ができ、放火という後半の重要な行為を成立させるだけの重量感を持っている。
 そして何と言ってもラストシーンは映画史に残る凄いもので、こんな観る機会の少ない映画で、こんな凄い描写をして良いのかと思う。
 夫は新宿コマの前を歩いている。寄付を募って花を売っている少女の横を通りかかり、少女は花をかざし、夫は受け取る。値段を伝えると、夫は花に火をつける。やめてくださいと叫ぶ少女の持っていた花束を奪い、そこにも火をつけ松明のような火炎を振り回しながら夫は狂走する。
 コレ、本当にコマ劇場の前の通りで撮ってしまっているのだ。しかも靖国通り側からコマへの直線を大ロングで撮り、そこを夫がかなり大きく膨れ上がった炎を振り回しながら走っている。一緒に併走しながら寄りも撮ってるし、隠し撮りの一発撮りという感じでもなく、かなりカットも割って撮られている。当然ゲリラだろうから、周りの通行人はびびりまくっている。これがラストシーンなのだが、呆気にとられた。山本政志の映画かと思うようなことを今村昌平が堂々とやっていることは感動的で、三池崇史がいかに正統な今村昌平の後継であるかも改めて思う。
 それにしても『あほう』といい『おとなしい日本人』といい、短篇作家の今村昌平は過激だ。
 『凍りついた炎』がもっと広く観られ、できることならソフト化して欲しいと思うが、まあ、内容的に問題が多いのは確かだ。『スターウォーズ』のテーマ曲とかも映画館のシーンでかなりデカく入ってくるし。

ゲスト:武重邦夫(プロデューサー)×細野辰興(映画監督) 

 上映終了後にトークがあったのだが、自分は隣で『幸福』を観なければならなかったので、頭10分程を聞いただけで席を立たねばならなかった。隣の劇場だから上映開始ギリギリ2分前まで粘ることができたが、こういう重要な上映を同時間帯に組む姿勢は疑問だ。無料と言うのに閑散とした僅かな客席を見てもその思いを新たにする。
 従って、日本映画学校設立当初の話題ぐらいしか聞けず、二本の短篇については殆ど聞けず残念だった。

 



第19回東京国際映画祭  特集上映 市川崑傑作選
254)『幸福』  (ル・シネマ) ☆☆☆☆★

1981年 日本 フォーライフミュージックエンタテイメント/東宝 シルバーカラー ビスタ 106分
監督/市川崑    脚本/日高真也 大藪郁子 市川崑    出演/水谷豊 永島敏行 谷啓 中原理恵 市原悦子 草笛光子 浜村純 加藤武 常田富士男 小林昭二 三條美紀 川上麻衣子 三谷昇 辻萬長