『幸福』(☆☆☆☆)

 新文芸坐追悼 市川崑」から『幸福』(☆☆☆☆)を観る。
 フィルムセンター、東京国際映画祭に続いて3回目の鑑賞。ほぼ2年に一度は観ていることになるが、何度見ても飽きない。今回は、市川崑が亡くなり、水谷豊が再注目されていることもあってか、平日というのに新文芸坐が異様な混み方をしている。三谷幸喜も来ていた由。
 80年代前半の時代のニオイが全篇に渡って染み込んでいるのが良い。一見すると、金田一シリーズの延長にあるような戦後間もない頃と思いかねない建物が幾つも登場するが、80年代の物語だからといって80年代的なものが登場するのはおかしく、そこから10〜30年前のものが登場する方がしっくる来る。そういう意味で古書店、警察署、スラムのアパートといった時代性を喪失させた建物と、何度もインサートされる池袋方面にカメラを向けたロングショットに、何十台と続く車の走りを捉えたショットに現在があり、その対比がシルバーカラーと称された銀残しの手法が相まって、カラーでは鮮やかに街の汚さがそのまま出てしまっただろうが、その中間の色で全篇が貫かれているだけに、不可思議な空間がそこに現れている。それこそが、市川崑の80年代以降の数少ない現代劇に相応しい色調と言える。本来はモノクロで製作する予定だったらしいが、フォーライフからテレビ放送の兼ね合いがあるのでカラーでなければ困ると言われ、折衷案としてシルバーカラーを選択したらしい。
 刑事ものではあるが、水谷豊演じる主人公刑事の家庭も同時並行で描かれる。既に最初の段階でその家庭には母親の姿はなく、間もなく二週間前に実家に子供二人を残して帰ったことが示される。しっかり者の姉とまだ幼い弟の居るアパートで、水谷が電話が鳴っても出ない弟をしかりながら、電話に出、事件を知らされるや手早く台所で食事を作るシーンなど実に良い。
 事件そのものは凄惨でどす黒いものがあるが、金田一シリーズと違ってそれがジメジメしておらずカラッとしているのが救いだ。永島敏行が恋人を殺されたことの苦悩と、水谷の子供との関係が合間に描かれていく併走感が心地よく、作品の印象は温かい。しかし、そこには『満員電車』や『プーサン』などの現代を極端に風刺した作品にもあった現代の孤独も影を落としていることはラストの水谷の家族の姿を見ればけして幸福な形ではないことが分かる。
 それにしても、この作品が特殊な機会にしか観ることができないなどということがあって良いのか。ソフト化を求む。