『映画芸術 425号』

 発売中の『映画芸術 425号』で、『シネアスト 市川崑』のBook Reviewを書いております。

映画芸術 2008年 11月号 [雑誌]

映画芸術 2008年 11月号 [雑誌]

 さて、今号を手に取り、一読して驚くのは前号との印象の変化だろう。更にリニューアルした、のではなく以前の内容に戻った、という印象を持つ人は多いに違いない。表紙のデザインなんて、ここ2、3年どころか5年前にまで戻った印象で、『映画芸術 404号』の蔵原惟繕の特集時に酷似している。わかりやすく言えば、かつて『映画之友』が『映画の友』になって『EIGA NO TOMO』に更に変わってから淀川長治が編集長に就任すると、再び『映画之友』に戻って、その後『映画の友』で落ち着いたみたいな感じか。
 今号は追悼芸術の異名を持つ映芸らしく、土本典昭山口清一郎金子正且三村晴彦の名が並ぶ。殊に土本典昭の特集が素晴らしい。大津幸四郎×井口奈己対談なんてものまであって、先日ポレポレ東中野で『パルチザン前史』を観ていたら井口監督が居たのはこのためか。荒井晴彦さんが初めて観たという『パルチザン前史』について書いているのが面白いが、文末に山下敦弘×向井康介の新作が、川本三郎の『マイ・バック・ページ』であることを書いているが、あれはまだ発表していないのでは?と思っていたが、ココとかには載っているのだな。

ワスレナグサ
制作会社:和エンタテインメント
プロデューサー:小野光輔
監督:Yasmin Ahmad


「マイ・バック・ペイジ」
制作会社:有限会社ビターズ・エンド
プロデューサー:定井勇二
監督:山下敦弘


「半島を出よ」
制作会社:株式会社ビーワイルド
プロデューサー:杉浦幹男
監督:李相日

http://j-pitch.jp/news/2008/08/55.html

 山下×向井コンビで赤衛軍事件を映画化するのは、李相日で『半島を出よ』を映画化する企画より期待は高い。『俺たちに明日はないッス』でも、向井さんと荒井さんの協力関係があったそうなので、こういう企画で後に荒井さんがついていれば、知らない時代を描いたせいで荒唐無稽の描写が出てくるといった弊害は無くなるのではないか。

 今号の内容に話を戻せば、「追悼・山口清一郎」は映芸ならではのものだろう。松田政男鈴木義昭という並びも良いし、足立正生松田政男山口清一郎の共同脚本で未映画化に終わった『恋の狩人 淫殺』の脚本が掲載されているのが貴重。70年代のキネ旬に掲載されていたのを覚えていたので、編集嬢と打ち合わせの時に、読みたい読みたいと話していたこともあり、手軽に読めるようになって幸い。足立正生が日本離脱直前にロマンポルノにコミットしていたという点からしても重要な作品だろう。


 新連載の「白坂依志夫の続・人間万華鏡」は『シナリオ』に連載していたものが移ってきたもの。あっちでも過激な内容が話題だったが、映芸では更に過激化。よりにもよって第一回は「市川崑(前篇)」と題して市川崑の女性遍歴の暴露である。市川崑有馬稲子と愛人関係にあったことはよく知られているので、それを書いてあるのは驚かないが、白坂先生の父・八住利雄が『花ひらく』などの市川作品の脚本を書いているせいもあり、結構内情に通じている人が書くのだから、生々しい証言ばかりで、更に和田夏十伊藤雄之助の関係まで暴露するのだから凄い。いや酷い。<又聞き>と断りながら<和田夏十は夜毎身をもてあまし、火照った身体を巨根の持ち主・伊藤雄之助などに委ねるようになった。>とか、<伊藤雄之助が「和田夏十はしつこい」と言いふらした>とか、今や誰も知らないような映画史的な醜聞を引っぱり出す。
 ただ、一概に単なる暴露と言えないのが、和田夏十市川崑有馬稲子の関係を知って激怒し、<「市川監督の脚本は一切書かないことに決めた」>というくだり。確かに『愛人』(1953)で出会った市川と有馬は、次回作『わたしの凡てを』(1954)でも組んでいるが、この段階で和田夏十は脚本から外れている。その次の『億万長者』(1954)でも和田の名は脚本協力で僅かに入っているのみである。その次の『女性に関する十二章』(1954)は、市川と有馬の最後のコンビ作であり、市川はこれを最後に東宝を離れて日活に移籍している。ここでは脚本に和田が復帰しているとはいえ、何故この時期に突如、和田夏十が脚本から離れていたのか、その理由を有馬稲子に求めると納得できなくもない。それに、白坂先生が言う通り、傑作である『愛人』から一転<たちまち市川映画は質が落ちた>理由がそこにあったと考えれば、『わたしの凡てを』や『女性に関する十二章』の凡作ぶりが理解できる。『市川崑の映画たち』でも明快に語っていなかった東宝からの移籍も、このあたりに理由があるのかもしれない。伊藤雄之助の件も<市川がその前必ず出演させていた伊藤を以後ぴったりと使わなくなった>という白坂先生の指摘で、あっ!と思わせられる。確かに『人間模様』以降レギュラーだった伊藤雄之助が、『億万長者』を最後に姿を消し、その後は『ビルマの竪琴』に僅かに顔を出すのみなのは、そういった関係がこじれたからと考えられなくもない。
 今号、私は書評欄で市川崑について書かせてもらったが、事情があってかなり気を遣って書いた。それがあんた、白坂先生はこれだけ好き放題に書いて、尚且つ映画作家市川崑の変遷に女性関係が大きな位置を占めている点まで指摘しているのだから、これはもう敵わないも何も、あまりの違いに愕然となる。暴露に見せかけた優れた作家論をやってしまうのには圧倒される。
 それにしても、白坂先生がこれだけ好き放題書いて、同じページの左上には市川崑関連情報のインフォメーションが並んでいるのが異様。映芸だからできる芸当というべきか。次回の「市川崑(後篇)」が楽しみではある。


 『櫻の園─さくらのその─』プロデューサーのインタビューが興味を惹く。やはり当初は、じんのひろあきが脚本を担当し、書き上がった上で直しを進めていたが、松竹とオスカーの介入でダメになった話とか面白い。オスカーが提示したプロットが<携帯小説のような派手なもので、自殺未遂あり、交通事故あり>というやつだったらしく、メジャーでやるってのは、そういうことなのかとか、だったら『櫻の園』をリメイクするとか言うなとか思う。


 前号から一転、編集後記にも復帰し、発行人だけではなく、編集にも久々に名を連ねた荒井さんの色が再び出た号になっているが、自分などもそうだが、『映画芸術』よりも『荒井晴彦映画芸術』を期待しているので、荒井さんが前面に出てくれる方が良いとは思いつつ、別に自分を使ってもらったから言うわけではなく、前号や、それ以前の武田編集長の映芸も好きだったので、共存できるものなのではないかと思う。実際、今号を元に戻っただけという人もいるが、追悼が多いので隠れているとは言え、中原昌也氏と千浦僚氏の対談連載に荒井さんが参入しているのも、良い形の共存ではないかと思う。編集嬢は、今号で去る方もいらっしゃるが、続けていく方もおられるので、荒井色と若手編集嬢が巧く交わる形になるのではないかと期待したい。この際、オジサンと娘が読む前代未聞の映画雑誌になれば良い。

映画芸術 425号


市川崑の追悼をやらないのになぜ土本典昭山口清一郎金子正且三村晴彦の追悼をやるのか。四人に何の共通点も無い。四人が亡くなったと聞いて、俺があの時代を思ったのだ。記録映画で新左翼に伴走していた土本典昭、ロマンポルノ裁判の被告にされたことで権力と組合と闘わざるを得なくなった山口清一郎大島渚吉田喜重がかかった時ぐらいしか行かない松竹のコヤで観た加藤泰の共同脚本にクレジットされていた助監督・三村晴彦。六〇年代が投石とヤクザ映画の時代なら七〇年代は爆弾とロマンポルノの時代だった。そんな中で金子正且が作る東宝青春映画は俺の息抜きだった。なぜかこっそり観に行った。俺のノスタルジーでは今の日本映画は撃てない。しかし、彼らが作ってきた映画は今の日本映画を撃つに違いない」(巻頭の言葉:荒井晴彦



特集・土本典昭の映画史(責任編集:土田環、中村大吾)
鼎談:上野昂志(映画評論家)×鈴木一誌(グラフィック・デザイナー)×山根貞男(映画評論家)
採録小川紳介追想「彼は事実より、事実らしいことが好きなんで……」土本典昭
対話:大津幸四郎(撮影)×井口奈己(映画監督)
論考:筒井武文佐藤雄一、中村秀之
クロスレビュー水俣 患者さんとその世界』:木村有理子 佐藤有記 船曳真珠
インタビュー:久保田幸雄(録音)、川上皓市(撮影)
寄稿:吉田 司、荒井晴彦、中谷健太郎
書評:岡田秀則
特別掲載インタビュー: 馮 艶(映画監督)


追悼・金子正且
座談:「寡黙の人、そしてあなたは映画を生きた」
恩地日出夫(映画監督)×出目昌伸(映画監督)×木下 亮(映画監督)×渡辺邦彦(映画監督)×小谷承靖(映画監督)×鎌田敏夫(脚本家)×重森孝子(脚本家)×佐藤利明(娯楽映画研究家)×寺脇 研(映画評論家)
寄稿:司 葉子、草笛光子酒井和歌子、喜多嶋洋子


追悼・三村晴彦
寄稿:羽方義昌、田中康義、岡田 裕、長尾啓司、吉田 剛、
崎田憲一、古屋克征、武田 功、森崎東


追悼・山口清一郎
寄稿:岡田裕、菅孝行松田政男鈴木義昭
特別掲載・山口清一郎未映画化シナリオ『恋の狩人 淫殺』
足立正生松田政男山口清一郎


葛井欣士郎「遺言」に寄せて
座談:谷園子(元新宿文化モギリ)×清水泰子(元新宿文化モギリ)×荒井晴彦(脚本家)×野村正昭(映画評論家)
書評:足立正生野村正昭


新作インタビュー
『岡山の娘』福間健二(監督)
論考:那須千里 


櫻の園─さくらのその─』成田尚哉(プロデューサー)
論考:新城勇美


Special Talk
俺たちに明日はないッス』
安藤サクラ(出演)×柄本時生(出演)×向井康介(脚本)


Film Critique
おくりびと』荻野洋一
チェチェンへ アレクサンドラの旅』中尾太一
アキレスと亀』古谷利裕
20世紀少年 第1章』山嵜高裕
スカイ・クロラ』&『崖の上のポニョ宇野常寛


Book Review
「私のハリウッド交友録 映画スター25人の肖像&アメリカ映画風雲録」上島春彦
「シネアスト 市川崑モルモット吉田
「RURIKO」小沼勝
「上海帰りのリル ビロードの唄声 津村謙伝」松本健男
「映画崩壊前夜」千浦僚
 

連載
新連載・白坂依志夫の続・人間万華鏡「市川崑(前篇)」
宮台真司の超映画考
荒井晴彦×寺脇研 日米★映画合戦
中原昌也×千浦僚 映画なんて観てる場合じゃねぇんだよ!
石井裕也 愛という名の黙契