『アキレスと亀』(☆☆★★★)/『その日の前に』(☆☆☆★★)/『白い馬』(☆☆☆★★★)/『赤い風船』(☆☆☆☆)

 テアトル新宿で、北野武アキレスと亀』(☆☆★★★)を観る。
 今や新作と聞いても胸ときめかせることなどなくなった北野武の第14作。
 考えてみれば、北野武の作品に不満を覚えるようになって十年になる。『みんな〜やってるか!』(95)を別格にすれば、文句なしの黄金期は『キッズ・リターン』(96)までで、『HANA-BI』(98)、『菊次郎の夏』(99)には日本映画の中では突出しているものの、説明過多になりかけていることに危惧を覚え、『BROTHER』(00)は自作の焼き直しに終始した水準程度の作品と思い、『Dolls』(02)で遂に地に堕ちたと思った。『座頭市』(03)は面白くはあったが職人技術の切り売りでしかなく、逆に一般映画に近付くにつれて、それなら山田洋次小泉堯史の撮る時代劇の方がよっぽど丁寧に作られていると思えた。そんな中、『TAKESHIS'』(05)だけはノレた。もはや90年代の『3-4X10月』や『ソナチネ』のようなヴァイオレンス映画は撮れないと悟った映画監督が自作を解体しようとする試みが歪ながら刺激的だった。しかし、それに続く『監督・ばんざい!』(07)のように、映画監督としての自身そのものまで解体しようとする姿まで見せられると、つきあいかねるという思いを抱いた。劇中の『コールタールの力道山』が面白いと言っても、果たして現在の北野武がそれを長編にした場合、まとめあげるだけの力量を持っているのかどうか疑問だった。
 そして『アキレスと亀』だが、自作の解体、映画監督としての自身の解体に続いて、アーティストとしての自身を解体したのが本作だ。自意識の発露三部作として後世の北野作品の研究では注目を浴びるに違いないが、同時代に観た者としては、『監督・ばんざい!』よりは面白いとは思ったものの、自分が北野映画と、タレント、または俳優としての北野武ビートたけしには興味があっても、北野武監督やアーティストとしての北野武には全く興味がないのだと確認する結果となった。『TAKESHIS'』にはノレて、『監督・ばんざい!』と『アキレスと亀』にノレないのは、そういうことだろう。
 画家を目指す主人公・真知寿の少年期、青年期、中年期が描かれるが、少年期がやたらと長く、退屈させる。それでも北野武が今やすっかり職人映画監督だなと思うのは、冒頭の江戸東京たてもの園の大通りを中尾彬伊武雅刀、仁科貴が並んで歩くショットひとつとっても巧いと思ってしまう。ロケ地でよく使われている割にはスカスカのレイアウトのせいもあり、あまり効果的に使われていた記憶の薄い江戸東京たてもの園をここまで巧みに使用した作品は本作ぐらいではないだろうか。夜道を濡らし、奥には光を配して男たちが歩いていく姿を後ろから捉え、あるいは正面から並びを横移動で見せるショットなどが何気なく繋がれているが、やはり目を瞠るものがある。時代性は限定されていないが、後に取り付け騒ぎや銀行倒産が描かれるところからして昭和初期と見て良いだろう。
 それにしてもカメラがよく動く。半円を描いて回り込む動きは、『座頭市』あたりから目立ち始めたように思うが、『監督・ばんざい!』内の『コールタールの力道山』でもカメラをやたらと動かしていたのが印象的だった。本作になると、ここまで動かす必要があるのかと思えるほど動かしており、かつての北野作品にあった素晴らしいフィックスの映像は遥か過去のものになったのだと思えた。これは長編を14本撮った自信が成せるものか。ただ、その分どんどん一般映画と変わらない映像へと移行した感は拭えず、金融危機が起こると、途端にカメラをハンディで振り回したり、主観映像で相手に襟元掴まれて揺さぶられたりするカットが入ってくるに至っては、古臭い手法にしか思えず。中尾彬伊武雅刀の、かつてなら排除したであろうオーバーな演技と共に北野作品から失われたものを思う。
 古臭いと言えば、少年期のエピソードは安っぽいメロドラマと大差ない。裕福な家の子が父は愛人と自殺し、母も断崖から飛び降りて、預けられた母の弟の家では苛められ、通夜の席にはかつての小間使いが来たりして「坊ちゃん」などと言いながら手を握り泣き崩れるも主人公を助けられるわけもなく、早々に去っていくなどという繰り返されてきた物語をやっているようにしか思えず。これなら、今年フィルムセンターの「発掘された映画たち2008」で上映された戦前の大都映画『松風村雨』(36)の方が遥かに良い出来だ。
 とは言え、少年期は銀残しに近い脱色した映像に魅力を感じなくもないし、木造の小学校に主人公が小間使いに正門まで見送られながら登校していく姿をクレーン・アップで捉えた映像も好きだ。それに、まだ凄いと思わせるのは、やはりヴァイオレンス描写で、父親が愛人と自殺した後の葬儀の席へ乗り込んできた男が暴行を加えるシーンには、突発的暴力の恐怖があったし、主人公が預けられた先の大杉漣がボコボコ頭を殴るのも良かった。
 青年期は、柳憂怜が演じるが、ここは往年の北野ブルーの再現に近い。住み込みの新聞配達をしながら絵を描いている主人公が朝の河原沿いの道を自転車で走るショットなんて実に良い。『キッズ・リターン』を彷彿とさせる。それに六平直政演じる配達店主が、大杉漣同様厳しい人物かと思いきや、彼を思う好人物なのも良かった。喫茶店なども『キッズ・リターン』に近い。
 残念ながら、最も出来の良い青年期が描かれる分量は短く、麻生久美子の登場も大して見せ場もないままに中年期へ移行し、北野武樋口可南子による夫婦のエピソードとなる。『3−4X10月』で沖縄に着いた途端に北野武が登場して場面をかっさらっていったように、本作でもここからは全く色が違ってしまう。『みんな〜やってるか!』『監督・ばんざい!』に連なるコント集だ。実際、『みんな〜やってるか!』と同じく白衣を着て何やら怪しげな装置を作って実験を試みているところからしてそうだろう。それに女にモテる為にダンカンがあの手この手を講じるのも、アートの為に同様の行為を取る本作も同じ趣向だ。
 本作では実に呆気なく人々が死んでいく。父と愛人の首吊りに始まり、母の断崖からの飛び降り、少年期の知的障害のある友人が主人公の去り際にバスに飛び出して跳ねられ、青年期でもアートパフォーマンスをしている最中に同級生は車で壁に突進して死に、その友人もまたマヨネーズを頭から浴びた上で唐突に歩道橋から飛び降りる。中年期ではトラックの運転手に幼稚園児の描かれた絵を示して轢いてくれと頼むが運転手には、嫌なことを思い出させやがってと逃げられ、この運転手がかつて幼児を轢き殺していることを示唆する。前を通りかかった自転車が通り過ぎると轟音が響き、見ると車が横転しており運転手が血まみれで這い出て来るし、挙句は娘までも唐突に死を迎える。あちこちに呆気ない死は転がっており、かつての死に憑かれたかのような北野作品を思う。それに、母の遺体の顔面半分が血まみれに崩れていたり、事故なり自殺で死んでいった者たちの顔がいずれも血で染まり、それを描いた絵が目玉の飛び出していたりと、北野自身の事故の風景を思い起こさせる。
 『キッズ・リターン』以降でここまで人が死んでいったのは初めてだろう。しかし、本作の主人公は全身火傷を負おうが死には至らない。おそらく今後の北野作品は同じ死でも、老いによる「死」がモチーフになるのではないか。
 近年の北野作品に、晩年の黒澤明伊丹十三を重ね合わせることが増えた。かつて『仁義なき映画論』などで批判していた方向に北野武自身が向かっていることへの危惧があるからだが、文字の説明や、本作に出演する中尾彬六平直政不破万作といった存在も妙に伊丹十三を想起させる。
 しかし、北野武自らが描いた絵を大量に見せられるのは正直疲れる。全くタッチの違う絵を見せておいて最終的にああいった絵になったというようになればまだしも、『HANA-BI』から入ってきた絵の使用が北野作品をつまらなくさせているように思えてならない。
 ちなみに今年の27時間テレビでの↓は、『アキレスと亀』の延長にあったわけだ。

 そういえば、冒頭の幸福の科学東映でやってそうなアニメと、電撃ネットワークがネタ見せだけで終わるのは何だったのか。
 次回監督作は時代劇だそうである。往年の第四作に企画されていた『豊臣秀吉』の実現を今更願うわけではないが、もう、そろそろせっかちに毎年撮らなくても、撮りたいものだけを撮ったらどうかと思うのだが。  

 

 角川新宿シネマで大林宣彦その日のまえに』(☆☆☆★★)を観る。
 同じく角川新宿シネマで『白い馬』(☆☆☆★★★)と『赤い風船』(☆☆☆☆)を観る。


 新宿ブックファーストで、浅野いにお世界の終わりと夜明け前』、さそうあきら俺たちに明日はないッス』、『別冊宝島 20世紀最大の謎 三億円事件』購入。
 『世界の終わりと夜明け前』は短編集。浅野いにおは出たら買うのだが、20代前半女子には圧倒的に不評じゃないですか?最近も続け様に、何で浅野いにおなんか読むんですか?とか、好きですよね、30前後の男子は浅野いにお、などと言われて確かに周りの同年代は大体読んでる奴多いわと思う。
 『俺たちに明日はないッス』は、実写映画化公開直前に読み返したかったので、これ幸いにと購入。予告編を何度も観ている内に尋常じゃないほど期待するようになったが、タナダユキには『赤い文化住宅の初子』で、そんな悪く言う人ほど悪いとは思わなかったものの、『16[jyu-roku』の方が遥かに良いにしても、もっともっと出来る監督だと思ったので、スケベなオッサンの映画評論家や映画ライターが過剰にベタ誉めしているのは、監督本人の為にはならないと思っていたので、むしろ『俺たちに明日はないッス』にこそ期待している。
 『別冊宝島 20世紀最大の謎 三億円事件』は、一冊丸々三億円事件の特集なので嬉々として購入。これまで幾つも出ている書籍をまとめた感じが強いが、こういうムック形式で出してもらうと寝ながら手軽に読めるので有難い。やはり三億円事件は面白い。『K-20 怪人二十面相・伝』とかやるよりその技術で1968年を再現して三億円事件の映画化をやってほしいものだ。
 ちなみに、最近復刊された『お前はただの現在にすぎない テレビになにが可能か』(萩元晴彦・村木良彦・今野勉/著)で、「テレビジョンになにができると思いますか?」という問いかけを市川崑も含めたテレビ・映画の演出家に投げかけているが、その中で市川が三億円事件に言及している。引用すると、「何かが起ってからカメラを持っていくというのはすでに駄目だと思う。いつでもそこにカメラが据えてなきゃいけない。三億円事件でも、ヘリコプターから自動車の列しか撮っていない。そうじゃなくて、白バイが出てきて発煙筒をたくところが出てこなくちゃ(笑い)」。
 これは市川が高校野球のドキュメンタリー『青春』を撮った頃の発言だが、冗談めかしてはいるが、如何にもな発言だろう。

世界の終わりと夜明け前 (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)

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俺たちに明日はないッス (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)

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20世紀最大の謎 三億円事件 (別冊宝島 1574 ノンフィクション)

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