『一万三千人の容疑者』(☆☆☆★★)

昭和警察物語 銀幕に吠えろ
(111)『一万三千人の容疑者』
☆☆☆★★ ラピュタ阿佐ヶ谷
監督/関川秀雄  脚本/長谷川公之  出演/芦田伸介 小山明子 田畑隆 稲葉義男 井川比佐志
1966年 日本 モノクロ 88分

 CSで放送された際にも観たし、そんなに大した映画じゃないだろうとよく言われるのだが、誘拐映画好きとしては、吉展ちゃん事件の映画化というだけで興奮して観に行ってしまう。昨年、ようやく『戦後最大の誘拐 吉展ちゃん事件』を観たので、本作も劇場で見返したかった。いつか2本立てで観るのが夢である。確かに、オーソドックスに事件の概要を映画化したものなので、犯人の小原(映画では小畑)の背景も描かれていないし、かといって警察側から描いたというにしても、現金受け渡しの際の警察の失態も綺麗ゴトでしかなく、被害者宅で刑事たちが食事を要求したり、かなり態度が悪かったことも描かれていない(事件解決後の翌年に製作されたので、そのあたりの実態が明らかではなかったのかもしれないが)し、取り調べの際に小原が猿の真似をして電灯にぶら下がったり、取り調べに粘りに粘る狡猾さも十分に描かれているとは言い難いし、平塚八兵衛の取り調べに遂に落ちる過程もあっさりしているので食い足りない。
 それでもこの作品の最大の魅力は、実際の事件と同時代に作られているという強みで、別にロケを多用しているわけでもなく、ごく普通にセットとロケが併用されているに過ぎないが、現在から観れば、新橋駅前の場外馬券場での現金受け渡しのロケシーンなど再現不可能な素晴らしさだし、劇場で観て発見したが後ろに若松孝二の『血は太陽よりも赤い』のポスターが貼られているのも良い。そして何より、顔だ。現在では再現不可能な顔が並んでいる。殊に子供の顔なんて、『Always 三丁目の夕日』の須賀健太がいくら頑張っても到達できない同時代の顔だ。それだけで、この作品は吉展ちゃん事件に近い時代の映画としての魅力を放つ。
 『戦後最大の誘拐 吉展ちゃん事件』との関連で言えば、小原の情婦が両作共に市原悦子だとか、平塚を共に芦田伸介が演じているとか共通項が興味深い。リメイクというか、意識する部分がかなりあったのだろうか。やはり2本立てで観たい作品だ。