『どんと行こうぜ』☆☆★★★

 大島渚が脚本に参加したことで知られる野村芳太郎監督作。これまで野村監督の特集上映で観る機会はあったものの逃し続けてきたが、今回のフィルムセンターでの特集「映画監督 大島渚」でようやく観ることができた。
 1959年は大島が『愛と希望の街』で監督デビューを飾った年だが、その直前に脚本家デビューを果たした年でもある。新人紹介短篇映画『明日の太陽』の監督で明けたこの年、大島は新人監督のデビュー作に、助監督時代のシナリオ同人誌『七人』で発表した『美しき水車小屋の少女』を提供し、『月見草』として公開される。続いて野村芳太郎の監督作に野村と共同脚本で執筆したのが本作となる。この後には監督作『愛と希望の街』が控えていたのだから、本作は正に洋々たる前途が約束された時期の作品だ。
 牧紀子演じる社会問題への関心が強い放送研究会に所属する梨花が、ラジオ局に勤める兄・茂(渡辺文雄)から依頼された現代社会に生きる学生のルポタージュ番組の為にインタビューをする中で津川雅彦川津祐介に出会うという一見大島らしからぬ明朗青春映画だが、渡辺と牧のブルジョワ家庭の兄妹が『愛と希望の街』の渡辺と富永ユキの兄妹を彷彿とさせる。ただし本作では微温的な描写のみで、「これではまるで貧乏人と金持ちが永遠に和解出来ないように見える」と、後に『愛と希望の街』のゼロ号試写で撮影所長に詰問されたようなものにはなっていない。逆に言えば、『愛と希望の街』も脚本自体は大船調に収まったものとして読まれていたので映画化が許可されたのだ。脚本にほぼ忠実に映画化されているにもかかわらず、前の発言に続いて「これではまるで傾向映画だ」と、脚本を読んでいたとは思えないような発言が社内から出てしまうほど演出によって変わってしまう。その意味で本作を、もし大島が監督していれば、同じ脚本であっても、牧と津川らの置かれている状況の違いが露骨に示唆されていたかもしれない。
 本作の共同脚本がどういった形で書かれたのかは知らないが、津川がバーテンのアルバイトをしているバーで、従業員同士の結婚による退職をめぐって組合闘争が起こる如何にも大島らしいという展開があるのだが、それよりもラストの処理が良い。画面は中心から縦線で仕切られたマルチ画面になっている。片や放送研究会で取材準備をしている牧、もう片方はアルバイトの個人タクシーの整備をしている津川。やがて牧が外を歩いているショットになり、津川は車を発車させようとしている。そこで縦線が消えて同じ画面になると、それまで別々の場所を撮っていると思われた場所が建物のレイアウトでそう見えていただけで、車の横に牧が来て乗る。そして多摩湖に行こうと言う津川に、牧は国会よと言う。分岐路には左右に多摩湖・国会と書かれた杭が立っている。そこへ車が左右に揺れながら突っ込んでしまい、次のショットでは牽引車に引っ張られながら二人が後部座席から景色を眺め、そこにエンドロールが重なる。この辺りのソフィスティケイテッドされた演出の呼吸は、前年に『モダン道中 その恋待ったなし』を撮った野村芳太郎ならではだ。


 ところでこの作品は、製作された年である1959年が表出されている箇所が面白い。特に個人的な愛読書である小林信彦『60年代日記』のディテイルがこの作品から追えるのだ。若者の盛り場として登場する室内プール、ジャズ喫茶、スケート場。そしてスケート場にスカジャン姿で男勝りに登場する富永ユキ(土屋アンナ的魅力を出している)。それから、オカマっぽい口調の学生放送作家永六輔がモデルか?)というのも象徴的だ。
 極めつけがジャズ喫茶で演奏しているハナ肇とクレージーキャッツ(本編クレジット表記同じ)。映画出演自体、前年の『裸の大将』に次ぐ出演の筈だが、演奏シーンとしては最初期の映像ということになる。ちなみに本作が公開された同年3月にフジテレビの『おとなの漫画』の放送がスタートしており、以降テレビへと活動の場を移すだけに、ジャズ喫茶時代の雰囲気がうかがえる点で貴重。ごく短いシーンではあるが、ギャラが悪いので手抜き演奏しているという設定で、植木等はベースを弾きながら札を取り出して数え、谷啓は鼻を拭きながらトロンボーンを吹いているのが笑わせる。
 津川雅彦若手俳優陣らを明らかに食おうと怪演しているのが、バーの雇われ店長を演じる西村晃。画面奥に居ても手前の若手の芝居なんぞより、こっち見ろと言わんばかりに、ごにょごにょ演っている。それから1シーン柔道を習う女性役で登場するのが市原悦子
 大島の脚本作ということもあって、後の大島作品とのリンク探しに躍起になりがちだが、野村芳太郎大島渚の資質の違いや、可能性としての大島の松竹映画の形を考える上では興味深く観ることはできた。

監督/野村芳太郎 脚本/野村芳太郎大島渚 出演/津川雅彦 牧紀子 川津祐介
1959年 日本 松竹大船 モノクロ 89分
(2010年1月17日 フィルムセンター 「映画監督 大島渚」より)