映画

遊撃の美学 映画監督・中島貞夫 

 一応、中島貞夫教授の「シナリオ創作論」を受講したり、担当教授の急病で卒業論文「映画監督伊丹十三―食と性への固執」を読んでいただいた恩はあるのだが、殊映画監督としての中島貞夫については、知識のみで、実際に作品を観たのは昨年中野武蔵野ホールで「日本暗殺秘録」と接したのが初めてだ。それだけに、今回の新文芸座での特集上映並びに笠原和夫、深作欣ニに続いてロングインタビュー本「遊撃の美学 映画監督中島貞夫」が出版されるのは映画監督中島貞夫を未だ知らない者として嬉しい限りで、それに合わせてビデオがレンタルされているものも20本近く借りたので、順に観ていきたいと思う。

1)「鉄砲玉の美学」(新文芸坐) ☆☆☆★★ 

1973年 日本 ATG 白楊社 カラー  シネスコ 100分
監督/中島貞夫  出演/渡瀬恒彦 杉本美樹 森みつる 碧川ジュン


2)「日本暗殺秘録」(新文芸坐) ☆☆☆☆ 

1969年 日本 東映京都 カラー シネスコ 142分
監督/中島貞夫  出演/片岡千恵蔵 千葉真一 菅原文太 吉田輝雄

トークショー 中島貞夫×野上龍雄×山根貞男 

 久々に中島貞夫監督の姿を拝見し、お元気そうで何よりだったが、満員の観客に嬉しそうにしておられた。客席には「プウテンンノツキ」の監督であり、「リアリズムの宿」のプロマネを務めた元木隆史の姿も見受けられた。予定外の脚本家野上龍雄氏が来られたのが嬉しい驚きで、深作欣ニとの80年代の仕事が印象深いが、60年代に量産したヤクザ映画の書き手として有名である。「昭和の劇」で笠原和夫が、野上龍雄を吃音でホン読みができないと語っていたが、確かに何度か、どもっておられた。だからこそ流麗な脚本家として成功した一因があったのかもしれないと考えてみた。
 「鉄砲玉の美学」をATGでやったのは、自由にタイトルがつけられるから、とか伊藤大輔の「長恨」の遺された断片を観て興奮した話など、活劇作家としての中島貞夫を象徴するものだった。
 最近は勝手に書かれているのか、本人の指定か知らないが『元映画監督』という肩書きを見かけるが、もう一度自由に活劇を撮って欲しいと思う。



3)「スチームボーイ」〔STEAM BOY〕(東京厚生年金会館) ☆☆☆★★ 

2004年 日本 サンライズ カラー ビスタ 126分
監督/大友克洋  声の出演/鈴木杏 小西真奈美 中村嘉葎雄 津嘉山正種

 
 大友克洋の実に9年振りとなる監督作品がようやく完成し、公開を目前に控えているが、正直言って、今回の試写会は観たうちに入らない。何せ巻の掛け違いというあるまじきミスを犯し、映写を5分以上ストップさせた。更に上映場所も悪く、音が割れて科白が聞き取れない箇所が多く、その上場内が薄明るい。自分としては、「スチームボ−イ」の大まかな全体像を観たという程度に考えていて、後日劇場で再見する所存である。以下はとりあえずの雑記である。
 正統的なエンターテインメントである。「天空の城ラピュタ」を彷彿とさせる冒険活劇として申し分ない面白さに満ちている。開巻の工場内でのロイド・ステムとエディ・ステムの関係性は不明確で入口としては取っ付き難い。しかし、主人公レイ・ステムが球体を受け取り、オハラ財団の使者達から逃げ出した途端、活劇としての熱をおび始める。円形の独創的デザインのオートバイの様な乗り物でレイが逃走し、それを追うオハラ財団は、ショベルカーと機関車を組み合わせた様な車で追う。ラピュタにしてもそうだが、既成のものではなく、こういった独創的デザインの乗り物が出てくるだけで嬉しくなってしまう性分なので、ここから一気に乗せられた。球体を巡る1輪と4輪の追尾、更に複数の車輪を付けた機関車をも巻き込む円環運動が活劇としての映画の魅力を最大限に発揮される素晴らしいシークエンスとなり、更に続いて球体を巡る上下間の引っ張り合う運動が横移動を続ける列車の中で行われるという活劇の方法論を心得た魅惑的シークエンスが展開される。しかし残念なのは、結となるレイが空へと持ち上げられ連れ去られるという描写が不足し、レイを守るべく奮闘したスチーブンスン、デイビッドのリアクションがなく、観客が肝心の球体並びにレイがどうなったかが瞬時に判断できない。とは言え、この前後で巻が変わったので、再見しないことにはなんとも言えないが。
 以下、全篇に渡って蒸気を画面に配した素晴らしいとしか言い様がない作画に圧倒されるのだが、演出には疑問がある。ヒロインの造形が気が強いだけで、レイに心を開く決定的瞬間に欠ける為弱い。又、全体の構成が2時間という理想的尺にも係わらずバランスが悪く、不要な描写に時間を取り、描くべき箇所に時間が割けていない。これが宮崎駿ならば、巧みすぎる程巧みに構成したことだろうと思う。クライマックスのスチーム城の浮遊は素晴らしい映像として描かれて感動的なのだが、ここでも人物のオンとオフ、即ちAが何かをやっている間にB、Cは何をどこでやっているのかが不明解で、サスペンスが生まれない。又、破壊は結構だが、破壊された側のリアクションが欲しい。
 とは言え、冒険活劇としての面白さには満ちており、演出以外が心配していた声優も含めて成功していただけに残念ではあるのだが、一見の価値は十分ある。
 7月17日公開。