映画 「リンダリンダリンダ」

144)「リンダリンダリンダ」(ワーナーマイカル板橋) ☆☆☆★

2005年 日本 COVERS&Co./ビターズ・エンド カラー ヴィスタ 114分 
監督/山下敦弘     脚本/向井康介 宮下和雅子 山下敦弘     出演/ペ・ドゥナ 前田亜季 香椎由宇 関根史
リンダリンダリンダ [DVD]

一人の監督を好き嫌いと勝手に言う基準は、自分の場合、作品の完成度以前に多作であることが条件となる。ようは、数年に1本しか撮らないような監督は嫌いだ。普段から市川崑と連呼しているのは、やはり多作であることに惹かれるからで、マキノや若松といった、やたらと数を撮っている監督には弱い。その逆に作品は大好きだが、26年も新作を撮ってくれない長谷川和彦は、大好きだが同時に大嫌いな監督である。
 だから、「ばかのハコ船」以降、コンスタントに年1、2本の新作を発表し続ける山下敦弘は好きだ。殊に「リアリズムの宿」で一つ上の階層に上がった感があり、続く「くりいむレモン」ですら素晴らしい佳作に仕上げてしまった。このまま行くと、常に高いアヴェレージを保ったまま佳作を量産してくれるのではないかと期待した。間違っても当分は途方もない傑作を撮る気配がないのも頼もしかった。山中貞雄じゃあるまいし、20代の後半でそんなとんでもない傑作を撮ってしまわれては、その後は落ち続けるだけなので、観る楽しみがなくなる。途方もない傑作は30代の終わりか40代にでも撮れば良い。
 当初は「ブルハザウルス17」と題されていた本作の噂を聞きつけたのは昨年の4月だが、それから1年余り、「リンダ リンダ リンダ」と題されて完成したこの作品は、シネコンにも広がって上映されている。デヴュー作から一貫して劇場で観てきたので、作を追うごとにコヤが大きくなっていく様を目の当たりにしたが、この次はメジャー系で作品を手掛けることは間違いないだろう。
 本作を含めた山下敦弘の長編作品(「不詳の人」は未見なので除く)を好きな順に並べると「リアリズムの宿」「くりいむレモン」「リンダ リンダ リンダ」「どんてん生活」「ばかのハコ船」といったところか。山下敦弘の作品全てを傑作だと言う気は更々無く、受け付けない作品もある。強いて上げれば「ばかのハコ船」で、世評の高さとは裏腹に自分としてはかなり疑問を感じる作品だった。自身の世界観を意識しすぎた作りで、このままでは袋小路に入るのではと思えた。だから次回作が、つげ義春原作の「リアリズムの宿」だと聞いた時は聡明な選択だと思ったし、同時にここでも自身の世界観とスタイルに固執し過ぎると、とんでもない失敗作になるのではないかと思った。ところが作品は素晴らしい佳作で、プロとしての手腕の確かさを示し、これが撮れるなら何でも撮れるだろうという予感は続く「くりいむレモン」でも素晴らしい仕上がりとなった。
 そして本作となるわけだが、正に慎重且つ確実に作を重ねてきただけに、『韓国から来た留学生と女子高生がブルーハーツをやるハナシ』であっても山下敦弘なら絶対成立させてしまえるに違いないと思った。
 山下敦弘は横移動に天才的な冴えを見せる。「リアリズムの宿」は全編横移動によって成立しているといっても過言ではなく、あの素晴らしい横移動には息を呑んだ。「くりいむレモン」でも開巻の堤防の横移動で既に作品の世界に取り入れられた。本作でも開巻近くで絶対横移動が来ると確信していたが、タイトル明けのカットは前田亜季が校内の廊下を歩く姿を素晴らしい横移動で捉える(パンフに載っていた決定稿には、ト書きで『カメラ、廊下を歩く響子を横移動で追いかける』と既に指定してあった)。又作品後半で夕方の堤防を歩く4人を横移動で捉えたショットも良い。
 この作品は、山下敦弘の新境地の1作などではなく、新境地へ向かう為のこれまでの集大成であり、過渡期の1作ではないか。既に「リアリズムの宿」で「どんてん生活」のリメイク的集大成を行っているが、本作はこれまで短編・長編含めて多数製作してきた山下敦弘がそれらの集大成として作り上げたのではないかと思う。北野武が「ソナチネ」「HANA-BI」「Brother」と何度も集大成と言っているとは全く違う。北野の場合は「ソナチネ」のみが集大成として大傑作になったが、それ以外は再使用の劣化コピーにしかなっていない。
 前述した横移動も含めて、この作品程過去の山下敦弘の作品を想起させた作品も珍しい。開巻のビデオ映像が「どんてん生活」の裏ビデオの映像を直ぐに思い起こさせ、香椎由宇がトイレで鏡に向かうショットでは、トイレの蛍光灯の灯りといい、その光の下で鏡に映される香椎の顔がドス黒く染まっている様からして、彼女の体が腐っていくに違いないと、あらぬ所で「腐る女」を想起し、山本剛史は「ばかのハコ船」同様の科白回しで登場し、当然ながら登場する山本浩司は、「くりいむレモン」のような作品の流れを阻害する邪魔な登場の仕方はせずに、極くささやかに顔を出した程度で良かった(但し、中盤で山本浩司の不要なインサートカットは全くいらない)。
 などと一つ一つ丹念にあげつらうような真似は止すが、過去の作品の記憶が観ていてこれほど思い返されたことはなかったので、正に集大成的感があった。
 本作を観る前に不安としてあったのが、これまで長編では二人組みの映画を作り続けてきた山下敦弘が、果たして四人も捌くことができるのだろうかということだった。阪本順治ですら未だに集団映画になると、途端に拡散度が単に人物が複数になったからというだけでは説明がつかないほど広く、薄くなってしまう。しかし、それは本作では杞憂に終わり、四人の女たちは、夫々の個を出しつつ、山下敦弘の描く世界の中の住人として定着していたことが何より良かった。
 高校生のバンドものは幾らでもあるし、反則技に近い術で大傑作にしてしまった「青春デンデケデケデケ」や、才ある監督の能力を吸い取ってしまい何の変哲もない凡庸な作品にしかならなかった「スイングガールズ」などもあるが、観る前は、実に単純にデンデケ側か、スィング側かと思いつつ観ていたのだが、そんな馬鹿な二分割が通用するような作品ではなかった。 山下敦弘の作品としか言い様の無い作品に仕上がっていることは、成功している箇所、そうでない箇所を含めて良いことであるには違いない。
 ラストのライブシーンはやはり素晴らしく、メンバーが全員裸足でステージに上げっているのが良い。そして、客の配置具合が良い。決して超満員にしたりせずに、前の方で一部が盛り上がっていて、後ろはガラガラで、ポツンポツンと座って見てる奴も居るというのが良い。実際の学園祭ライブなんて、こんな感じだった。
 不満としてあるのが、尺が長いことで、本作は114分もある。30分切ればかなり良くなったのではないかと思う。香椎の夢のシーンはまだしも、夜の学校に忍び込むシーンや、ペ・ドゥナが一人で体育館でMCをやるシーンなど過剰な描写は尺が長いとブレがちで、もっと短かったら良かったのにと思えた。
 山下敦弘は80分前後の作家だと決め付けてしまいたいぐらい自分が好きな作品で、観ていて心地よいリズムだった「リアリズムの宿」「くりいむレモン」は、夫々83分と75分だった。あまり魅力を感じない「ばかのハコ船」は111分もある。この作品も30分切れると思った。
 出演者では、あの四人のアンサンブルが見事にとれていて良かった。前田亜季は「くりいむレモン」の村石千春同様の雰囲気が良く、香椎由宇は何故か水に好まれる女優であることが発見できたのも良かった(「ローレライ」と言い本作のスクール水着プール浮きシーン、雨といい、香椎由宇には水が付きまとう)、ペ・ドゥナは「ほえる犬は噛まない」「子猫をお願い」「復讐者に憐れみを」と観て来て素晴らしいと思い続けてきただけに、今回山下敦弘の作品に出るというので驚いたが、アカラサマに一人だけ年食ってるのだが、そんなことは関係なく彼女の存在が中心にあることが、この作品の根幹となりえていたので目論見通りの起用が成功したということだろう。
 傑作とも山下敦弘の作品のベストとも思わないが、今後、山下敦弘が全く新たな、より大きな規模の作品に取り組むための過渡期的作品として、不満もありつつ随所に魅力が光っていた佳作だった。