映画予告 「花井さちこの華麗な生涯・予告篇」

1)「花井さちこの華麗な生涯・予告篇」(ポレポレ東中野) ☆☆☆★★

2005年 日本  カラー スタンダード 分
監督/松江哲明    出演/女池充

 今や予告篇など、どれを観ても同じ様なもので、殊にアメリカ映画の感動モノは「フォレストガンプ」以来、例の「ドラゴン/ブルース・リー物語」の曲の使いまわし(最近では「シンデレラマン」とか)ばかりだったりと新味がない。
 例えば昔の日本映画は助監督が予告のために別撮りしていたわけで、作品によっては全く別個の印象を抱かせる作品や助監督の個性が出ているものがあった。未見ながら加藤泰による「羅生門」の予告なども相当異色作らしく、蛇が羅生門の下で蠢いているとか全く本編とは異なるものらしいし、実際予告は助監督が監督への昇進の判断材料の一つとして見られてもいたという。
 DVDの時代になって、ようやく旧作の予告をかなり観る機会が増えた。やはりその中でも印象的だったのが大島渚の作品で、伝説に聞いていた足立正生による「絞死刑」や原将人の「東京戦争戦後秘話」の各予告は本編を無視、或いは批判の対象にして好き勝手に作っていて素晴らしかった。そして本編の紹介という予告の基本も押さえたバランスの良さがあった。未見ながら佐々木守の「日本春歌考」の予告も聞く限りセーラー服を引き裂くシーンとか面白そうだ。
 といったように、ある種のショートフィルムとしても楽しめるわけだが、最近はとんとそんな予告編が減った。唯一特報に一時期その名残があった。ようは撮影素材がないから特報製作者が今ある宣材だけで構成するので、独自の面白さが出ていた。しかし、これもAfterEffectsでモーションさせるのが多いので、数年するとパターン化してしまって現在、ハッとするようなものは少ない。
 一時期の庵野秀明の作品など特報、予告に力が入っていて面白かった。画コンテを赤くして動かしている「新世紀エヴァンゲリオン劇場版 シト新生 DEATH&REBIRTH」や、本編には使用されていない実写ドラマパートのみで構成した 「THE END OF EVANGELION」の予告、「ラブ&ポップ」の特報、予告とか。
 フィルモグラフィーを掴みきれない多作な松江哲明の制作した予告篇というのは、ま、予告の匿名性もあってどれぐらいあるのか知らない。「たまもの」「肌の隙間」を知っているという程度か。それらも本編映像を使用した通常の予告の体裁を取りながら、鼻歌や詩の朗読といった異物を混入し、作品の世界観を広げていて良かった。
 今回の予告で驚くのは、本編映像を使用せずに予告のために新撮された映像で構成されていることで、それも女池充が国民がダイスキな政党へ電話し、広報担当者に「花井さちこの華麗な生涯」を国民がダイスキな政党の総裁に観てもらってコメントを貰いたいと要望する様子を、テーブルの上の電話ナメのあおりのFIXで捉える。その会話の中で出てくる単語が期せずして「花井さちこの華麗な生涯」の作品紹介になっており、それぞれ言葉に合わせて明朝体のテロップが乗り、本編のスチールがインサートされる。
 こういった手法には弱く、ひたすら喜んでしまう。別に国民がダイスキな政党を持ち出してきたからとか、反権力性に無邪気に喜んでいるわけではなく(ま、好きなのだが)、電話での会話で作品解説になっている多重構造が面白い。勿論これは松江哲明の狙いが正にそうなのだが、被写体である女池充が誠実に真剣な眼差しで説明しているのが良い。これがいかにも狙いでやっていると言わんばかりの半笑いのふざけた調子でやられては白けるだけなのだが、観ている限り、女池充は真面目に淡々と話している。特に今回劇場公開されることになり、と言う所など本当に嬉しそうにしているように見え、かなり笑えた。
 前述した「ラブ&ポップ」の特報で、庵野秀明が通行人に話しかけられ、次回作について説明しているのが作品解説になっているということで、音声だけ使用して特報に使用していたが、方法論的には近いものがあるが、「ラブ&ポップ」の特報の場合は庵野があまりにも内輪ネタ的雰囲気過ぎるとイベント等でのみの上映用にし、一般の劇場には主人公の朗読ヴァージョンを使用していたが、「花井さちこの華麗な生涯」の予告は例え女池充を知らなくても電話の相手が有名な組織なので、予告の趣旨や構造が分かるし、またその面白さも理解できると思う。
 この辺りのバランスの良さや、又以前友人が松江哲明を評してカンパニー松尾平野勝之を通過した次の世代と言っていたが、正に本作での電話ナメのあおりやテロップの出し方など、彼等の手法に通ずるが、自身の表現に捉え直しているので、単なる劣化コピーではない面白さとなっている。
 ラストに電話を切る直前のやりとり(たぶん検討しますとか紋切り型の返ししかしてこないだろうが)とか、切った後の女池充のリアクションがあった方が良かったのではないかとも思ったが(それでは余りにも完結系に持って行きかもしれない)、予告篇、ショートドキュメントとして非常に面白いものだった。
 公式サイトはできていないようだが、公開までにネットで観ることができれば是非再見したい。