映画 『松ヶ根乱射事件』

molmot2006-10-25

第19回東京国際映画祭  コンペティション

 東京国際映画祭で重要なのは特集上映と言っておきながら、またもコンペティションの1本を観ているのだからいいかげんなものだと我ながら思うが、こればかりは、やはりどうしても観たい作品だったので。ただし、月末に平日の昼間に渋谷のオーチャードホールまで出向いて映画を観るのは、そう容易いことではなく、到着して劇場に入った時は丁度頭の製作会社のクレジットが出たところで、正にギリギリだった。終了後も舞台挨拶を見たかったが、直ぐに小走りで帰るハメに。やはり、映画はこんなホールではなく映画館で余裕を持って楽しむべきものだと痛感する。
 

255)『松ヶ根乱射事件』  (オーチャードホール) 不完全鑑賞につき評点なし

2006年 日本 シグロ/ビターズ・エンド/バップ カラー ビスタ 112分
監督/山下敦弘    脚本/佐藤久美子 向井康介 山下敦弘    出演/新井浩文 山中崇 川越美和 木村祐一 三浦友和

 
 多作監督が好きなので、山下敦弘は毎年新作を見せてくれることが嬉しい。来年は本作以外にも『ユメ十夜』『天然コケッコー』が公開されるし、その後も予定は詰まっているようで、いつまでも山下敦弘が量産していて欲しいと思う。
 『リンダ リンダ リンダ』で一般にも認知の広まった一方で、新作の『松ヶ根乱射事件』は、全篇心無さに満ちた作品になっている。各ディテイルは好きな箇所がたくさんある。才気も感じさせる。しかし、全体となると散漫な印象を抱いてしまうのは何故か。
 斎藤寅次郎の『熊の八ツ切り事件』や、玉の井バラバラ殺人事件をネタにした『愛と憎しみ 涙の惨劇』みたいなエクスプロイテーション映画をタイトルから彷彿させる『松ヶ根乱射事件』は、これまでの山下作品で言えば、『ばかのハコ船』+『リアリズムの宿』に更に心無さが加わったと言えなくもない。正にその通りになれば実に魅力的な作品になると思える。
 実際、木村祐一川越美和の二人が出てくると途端に映画がポンと跳ね上がる。山下敦弘の映画における二人組みの系譜でもベストに近い素晴らしさで、いつまでも観ていたいと思え、殊に山本浩司の居ない山下作品で、木村祐一がその代理どころか、より多重化させた像を作り出していて、山下敦弘×木村祐一最強説を唱えたくなるほどだった。
 山下作品の特徴的横移動ショットは今回は封印され、開巻は氷上に横たわる女性を真俯瞰で捉えたショットから始まる。これが確かによく言われているように『ファーゴ』を想起させてしまうのは仕方のないことで、その後の犯罪譚から表面的に『ファーゴ』というタイトルを口にするのは分からないでもないが、しかし、それはあまりにも表面的な一部を捉えての発言でしかなく、全く異なる作品だし、開巻以外は『ファーゴ』を思うことも一切なかった。
 熊切和嘉と山下敦弘が相次いで邪悪な警官映画を撮っているのは偶然でしかないが、心無いポリを観ているのは小気味良い。
 警官を演じる新井浩文は、『ゲルマニウムの夜』でもこれ以上ないくらい心無い人間だったが、今回もあの無表情が良い。自分にとっての無表情の指針である『絞死刑』の死刑囚Rを演じることが出来る存在だ。
 新井浩文の家族側と理髪店側の人々が濃厚な連中なので、その関係性が直ぐには分からなかったが、近親相姦、畜産、ボケた祖父の女の子への悪戯、精薄っぽい女の子など、敢えて題材に取り入れているのは、とても好ましく、今村昌平が亡くなっても、山下敦弘はやってくれているなという気分になったが、勿論重喜劇の継承といったものではなく、そういった避けられがちなモノを現在の山下敦弘のポジションで積極的に取り入れる姿勢は絶対に支持したいし、そこに山下敦弘的な笑いの要素が散りばめてあるので、夫々のパーツはとても好きなものだった。
 茶店で流れるBGMが「ロード」だったり、車中で流れるのが「夏の日の1993」なのが狙いかと思って笑っていたら、後で解説読んだら90年代前半が舞台だったそうで、観ている間は特に時代性を気にかけることなく観ていたので、ここで時代性を出していたのかと。 ただ、木村祐一川越美和の強烈さに比べて、新井浩文と双子の兄弟、その家族らは個々の描写に面白さは散見できても、弱いと思ってしまう。1カットの中で見せるべき描写が素晴らしく完成されているだけに、その差異が気になってしまう。
 木村と川越が金塊求めて右往左往するハナシを観たかったと思った。
 銀行での担当者との会話、ボケた爺さんと冷蔵庫、アイスピック、窓ガラスで隔てた感動的になる筈の兄弟の会話等、山下×向井コンビの真骨頂的素晴らしい描写もあり、好きな要素に満ちているだけに、この物足りなさは何か。例え新井が彼女と性交するシーンのやり取りが『ばかのハコ船』の風俗でのシーンを容易に想像させるにしてもだ。
 何がどう松ヶ根乱射事件なのかという観ていて起こる疑問への回答は好きだ。
 1時間52分はやはり長く、『リンダ リンダ リンダ』でその法則は破れたと思っていたが、『どんてん生活』の90分、『リアリズムの宿』の83分、『くりいむレモン』の75分という、つまりは90分以内の作品こそが山下作品の秀作の法則ではないかと思ったからだが、これらの作品は非常に凝縮されて研ぎ澄まされた作品に仕上がっていて、素晴らしい秀作だ。本作ももう少し短ければまた面白さが変わっただろうか。
 とは言え、山下×向井コンビのファンは確実に満足する作品に仕上がっているし、好きなヒト達には随所に笑いのツボがある筈だが、そういった内に向きかねない要素を持っていながら、山下作品はどんなに内容が内側へ向かおうとも、作品自体は閉じていない。常に外に向かって撮られている。だから、ちょっとやそっとのことでは作品が揺るがない。山下敦弘が同世代監督の中で際立ってしまうのは作品を外に向けて作る視点を有しているからで、『ユメ十夜』や『天然コケッコー』で、その点がどう作品化されているか楽しみだ。大体個人的には、山下作品は原作なり企画なりにそれなりに縛りのある方が秀作になる確率が高いと思っているので、この二作には期待している。
 『松ヶ根乱射事件』は来春テアトル新宿にて公開。