『花弁のしずく』

312)『花弁のしずく』 (ザ・グリソムギャング) ☆☆☆★

1972年 日本 日活 カラー スコープ  71分
監督/田中登    脚本/久保田圭司    出演/中川梨絵 三田村玄 牧恵子 白川和子 大泉隆二


 池に投石される開巻、それに続く花を摘んでストップモーションとなってタイトルが出る瞬間でもう息を呑んだ。そこに様式美の世界に生きるが如き存在の中川梨絵が現れ、目を見開き、瞬き一つせずに真っ直ぐに歩く姿が美しい。
 田中登のデビュー作となる『花弁のしずく』には、後に花ひらく田中登の鋭敏な感覚が既に随所に現れている。
 中川梨絵の胸が鷲掴みにされる唐突さに画面に見入ったり、或いは俯瞰で斜め後ろから男の顔のアップを撮り、男がハッと気づくと次のカットではフルサイズで海岸をバックに接吻しているショットに繋がり、そのまま車での性愛シーンへと流れ込む一連の流れなど、やはりその空間把握力に特異なものを感じずにはいられない。
 それにしても中川梨絵が美しい。風呂場に胸を晒し立つ姿など、いつまでも観ていたい思いに駆られ、幾度か繰り返される前述した正面を見据えて瞬きせずに歩く姿に魅了される。
 不感症チェックだとか、高橋明ドーベルマンを伴ってとんでもない登場をし、僅かな出演シーンながら完全に食ってしまうシーンなど、思わず笑ってしまう箇所もあるが、それも含めて馬鹿みたいな言い方だが、やはりロマンもポルノもある映画だと感じた。
 中川が襖を開けるショットや暖簾を開けるショットを積み重ねて見せたり、天井に次々とモノが吸い上げられていく不思議なショットなども、下手すれば浮き上がりそうなものだが全くそうはならず、『女教師 私生活』での天井の風船を先取りした感があり、田中登のあの不思議な感性は原初の風景から既に確立されていたもので、この後より洗練されてフィルムに刻まれていくこととなることがはっきりと分かる。
 ラストの中川の幼少期の少女と共に池に石を投げるショットに至るまで、舞台となる鎌倉の静謐さと艶めかしいエロティシズムに満ちた美しい作品だった。

 ということで、これまで観る機会がなかった『花弁のしずく』(いつ頃まで上映プリントがあって、何時ごろジャンクされたのだろう?『愛欲の罠』も或る時期までは上映されていたようだから、どの段階で消えたかということが気になる)のニュープリント作成に携わって観る機会を作ってくれた方々に感謝申し上げる。これを契機として、この動きを映画会社、映画館等がそれならとまだ観る機会の無い無数の作品、田中登なら『好色家族 狐と狸』『昼下りの情事 変身』といった作品のニュープリントを焼いてくれれば、と思う。そして全作上映の実現が適えばと。『花弁のしずく』は、熱心なファンが観て満足するだけの作品ではなく、普遍的なロマンポルノとして多くの世代に共有されるべき魅力的作品だった。今回焼かれたプリントは今後田中登特集、ロマンポルノ特集などで一般劇場で何度も上映されるだろうが、一方で数少なくなりつつある成人映画館でのロマンポルノ特集でも上映されることになると思う。初期のロマンポルノ独特のニオイを放つ作品でもあるが、個人的経験と照らし合わせれば、梅田日活の月1のロマンポルノ特集3本立てで『花弁のしずく』を観たいとも思う。今後全国でこのプリントが様々な形で上映されていくことを思えば、改めてニュープリントとジャンクという問題を考えさせたれた。