『シネマ大吟醸』

(11)『シネマ大吟醸太田和彦

 東京での暮らしが6年ほどしかない自分にとっては、都内の映画館の記憶というのはごく僅かにすぎない。しかし、以前はここに映画館があったのだと頻繁に通る道すがら教えられたりすると、何の記憶も思い入れもないのに突如としてそこが特別な空間として意識するようになってしまう。かつて映画館がそこにあったということに過剰に思い入れを持ってしまうのだ。だから、本書が発売されるや年長の方にそんなに昔の名画座が気になるならこの本を読みなさいと言われたのは当然かも知れない。何せ、本書後半の「名画座放浪記」は90年代前半の都内の名画座を魅力あふれる文体で記した貴重な記録になっているからだ。住み始めて何度か通った後に閉館してしまった中野武蔵野ホールだとか、ここに記されている今は存在しない名画座で知っているのは1、2館しかないのだが、それでも思いを馳せてしまう。そして自分が体感できなかった名画座で映画を見ることが出来なかったことを猛烈に悔やむのだが、それはとても心地よい悔やみ方なのは、著者の映画との接し方が品があって軽みがあるからだろうか。

シネマ大吟醸 (小学館文庫)

シネマ大吟醸 (小学館文庫)