TV(TV/VIDEO/LD/DVD)「森達也の『ドキュメンタリーは嘘をつく』」

molmot2006-03-26

11)「森達也の『ドキュメンタリーは嘘をつく』」(テレビ東京) ☆☆☆★★

2006年 日本 テレビ東京 カラー 分
ディレクター/村上賢司    脚本/向井康介    出演/森達也 水木ゆうな 村上賢司 替山茂樹 瀬々敬久 真利子哲也 朝生賀子


 (ネタバレ部分も含む)
 リアルタイムで放送を観てから翌日2回観た。続けて観るのは嫌なので「たべるきしない」を夫々間に挟んで観た。計3回観たが、まだまだ観返さないと何とも言えないという気分だ。
 この作品を観終わって直ぐに、二つばかりの後悔があった。一つは、先日ガンダーラ映画祭で上映された森達也の幻の「後ろの正面だあれ?〜かごめかごめの謎〜」並びに、村上賢司が作品について迫った「後ろの正面だあれ?の真相〜森達也の謎〜」を見逃しているということだ。これは当然観る予定でいたのが、数回上映されるのを良い事にズルズル伸びて映画祭最終日に観るハメになったものの、朝から高熱が出て、それでも這うように吉祥寺まで行き、井の頭線に乗り換えようとした段階で力尽きて、同行するヒトに連絡して行けないと伝えてスゴスゴ帰った。で、インフルエンザと診断され寝込むことになる。しかし、本作の成立の前には確実に「後ろの正面だあれ?〜かごめかごめの謎〜」「後ろの正面だあれ?の真相〜森達也の謎〜」の存在があるに違いないので、観ていないのが悔しい。
 もう一つの後悔は、できるだけ予備知識なく観たかったという思いである。一番の理想は何気なくテレビを点けたら本作をやっているとか、森達也の待望の新作だと喜び勇んで観た、とか余計な情報をできるだけ入れずに観たかった。
 とは言え普段から習慣的に本作の編集担当の松江哲明村上賢司のブログを読んでいるので、ある種のメディアミックス的な情報の垂れ流しを享受して、そこから作品に接するという形は面白く思った。ただ、先日「スティーヴィー」公開記念オールナイトで、松江監督と居合わせた際に本作について聞いたのは不味かったと観終わってから思った。今度テレビをやると言って、スタッフはディレクター・村上賢司、脚本・向井康介、編集・松江哲明で(この段階で既にディレクター部分に関してネタバレ)、真利子哲也がセルフドキュメンタリーを撮っている学生として出演して父親が瀬々敬久だと。これで画面に真利子哲也瀬々敬久が登場した時に起こるであろう驚きを失くしたわけだが、これはもう、どうっすか新作は?と聞いてしまったこっちが悪い。で、それを聞いて思わず「CSですか?」と訪ねたら「いや、テレ東」「深夜でしょ?」「いや、昼間」「‥大丈夫ですか、放送事故」などと、後から考えると随分失礼なことを言っているのだが、CSかと思ったのもとても地上波で、このメンバーだから当然やりたい放題やるだろうから、受け入れる度量があるとは思えなかったからだ。結局放送時間は日曜午前中のハロプロ前という凄い時間での放送である。
 森達也村上賢司向井康介松江哲明という並びを見ても違和感を感じないのは、先日のガンダーラ映画祭に至るまでにも、村上賢司の「集団自殺刑事」に出演する森達也であるとか、シネ・ヌーヴォ森達也オールナイトのトークショーで、「ばかのハコ船」は今年観た映画のベストだと来場していた山下敦弘を紹介していた様子や、村上賢司の監督作に脚本を提供する向井康介村上賢司と相互に作品に協力しあう松江哲明といった、これまでの流れからして納得できるものだからで、最強ではあるが、これだけ自己主張の激しい監督達が集まってそうそう綺麗にまとまるとも思えず、個人的にはある種の破綻を期待している面もあった。村上賢司松江哲明も巧みに自作を纏め上げるが、意図しない破綻が作品に訪れた場合、どんな作品になるだろうかと悪意と期待の篭ったものを持ち続けている視線が自分の中にはあり、それは豪快な魅力溢れる失敗作になるに違いないと思うのだが、ひょっとすれば本作がそういった作品になるのではないかという期待があった。思わずそんなことを考えたのは、あまりにもこの作品がどういったものになるの皆目見当がつかなかったからで、せいぜいプロデューサーも含めた日記等から想像するしかなかったからだが、実際に作品に接するとそういった期待とは全く違った作品が存在していたし、松江監督の何も期待するなという言葉も納得できた。
 初見時は、多くのヒトがそうであるように、ドキュメンタリー部分とフェイク部分の差異に目が行った。フェイク箇所が目立つとか、森達也は役者出身だからとか、「放送禁止」や「青春トライ97 衝撃映像!恐怖のポキノン星人の襲来!」との比較といった単純なフェイクドキュメントとしての成立に目が行ってしまい、そういう点ではうまく騙してくれていないと感じながら、吉田啓子が可愛いのでひたすらそれを眺めていたので、間に入っているインタビューへは興味を惹かれつつ殆ど聞いていなかった。こんなピッチリ横分けの原のオッサンより吉田啓子映せと思いつつ観ていたが、思わず身を起こしたのは、森が現場に来なくなったというテロップの次のカットが村上賢司宅だったからで、ここからディレクターが村上に交代するという設定になるわけだが、いつもの村上賢司の作品へと劇的に変換を遂げる。自分は、コタツに入ってテレビを観ながら寝転がっている村上の姿に自身のナレーションが被ったりすると無上の喜びを感じるので、まさか日曜の朝からアテネフランセや、LA CAMERAに行かずともこんなものを観ることができるとは思いもしなかったので嬉しかった。
 初見時にやはり驚いたのはラストで、これはブログ等でも全て吉田啓子で通していたのでそう思い込まされたいただけに、ラストにこういった展開があることは予想していたものの、彼女が水木ゆうなを名乗り、カメラがパンして森達也らを映す瞬間はダイナミックな高揚感を味わえた。で、何故かSINGER SONGERの「初花凛々」がエンドクレジットに流れて、個人的にもかなり好きな曲なのでこんなところで使うかと苦笑したが、SINGER SONGERCocco=「Raining」=「式日」と何故か脳内で関連ずけてしまったが、ま、関係ない。たぶん向井康介松江哲明が好きだからとか単純な理由だと思う。
 初見時は面白さと不満が半々だった。しかし気になる作品且つ、情報量が膨大なので二回目、三回目と再見しても全く飽きずに観られる上、当初気になっていたフェイク箇所は気にならなくなり、フェイクという記号は作品の中心部から後方に下がった。
 この作品で、どこからフェイクかを推理することは意味がない。又、どこに森達也村上賢司向井康介松江哲明の意見が入っているのかにも興味がない。確かにいかにも村上賢司っぽい、向井康介っぽい、松江哲明っぽい、と思う箇所はある。しかし、共同脚本の作品で○○が書いた箇所はココだろうと書いてあっても思い切り外れていたりする事例を見てもわかる通り、完成した作品からしか判断できない以上、当事者達が語るまでは無駄な詮索はしたくない。個人的には向井康介の脚本がどの程度まで書き込まれ、完成品とどういった差異が生まれたのかとか、瀬々敬久真利子哲也が喧騒の後の座っているシーンで、タバコの上げ下げが同期しつつ、真利子が熱心にカメラの液晶を見詰めていたら親父も先ほどの喧騒シーンを観て喜ぶといったところや、親父の着メロが「ファイト」など、いかにも山下敦弘の作品に出てきそうな向井康介らしいシークエンスだとは思った。
 以下、前述した以外の箇所で画面に映ったもので気になった点を挙げる。
・開巻は『ドキュメンタリーに真実はあると思いますか?』という問いが新宿西口で街頭インタビューの形式で行われる。これは中盤に撮影風景も含めてリピートされる。
森達也のサイン会風景では、女性が多い。女性と握手する時のテヘっという顔をした森達也はスケベっぽい。
・森と村上の関係を示す映画祭の写真には山下敦弘が写っている。
・エレベーター内のシーンで初登場する専門学校生・吉田啓子は可愛い。
ポレポレ東中野藤原ヒロシと話すシーンで『真実はいっぱいある。事実は一つ』という言葉。
・メイキングシーンの吉田が森と話しているところで、吉田が首を傾けているショットが可愛い。
原一男との対談シーンで、吉田がNGを連発する箇所はいかにもという感じがしてそこには面白味は感じないが、じっと待っている原一男が面白い。原にはどういう説明がしてあったのだろうか。引いた箇所からのメイキングが見たくなる。
・吉田のジャージを森が咎めるシーン、森も酷い格好だ。
・佐藤真の対談終了後、森と吉田が遊んでいるのが笑える。
南こうせつがゲストのラジオ収録現場でスタジオの壁にもたれ掛っている吉田が可愛い。
・「皮膜」、ソノ国際映画祭といういかにもなセルフドキュメンタリーのパロディシーンは、真利子哲也を起用しているので、妙な存在感を生み出している。殊に「皮膜」という作品が態々字幕も入れている芸の細かさ。父親が瀬々敬久なので、観ていてここで出てくるのかと分かっていても笑ってしまう。ある種の狂人親子を演じることができる凄い組み合わせで、今後に期待してしまう。画面からここまで危うさを浮き立たせることができる俳優はいない。
・メイキングディレクターが本編の監督になるという「光の雨」的展開。
・開巻のリピート『ドキュメンタリーに真実はあると思いますか?』という問いの街頭インタビュー。インタビュー終了後に佇む吉田が可愛い。
・森の助言、街頭インタビューはアリバイの補完にすぎないという言葉。
・ゴルフを練習する森達也というだけで笑える。
・綿井健助インタビュー中に吉田が鼻をいじる。
・吉田が村上に動きたいと希望し、『力ありますから』と言うのがズレていて笑える。別にベーカム担ぐわけではない。
・電車窓外の風景の横移動が美しい。ロードムービーとなる。
アレフ、和歌山、須磨といった事件の現場に吉田がカメラを持って切り取っていく姿が捉えられる。観易く心地良く観ていられるが違和感を感じる(後述)。
・電車窓外の風景の横移動で旅の終わりが示される。
・終盤の朗々と意見を述べる吉田の変節には成長と共に奇妙な怖さを感じる。
・タネ明かしシーンでの冒頭近くでの村上が会議室に入ってくるシーンのインサートが心地良い。
 などと、思いつくままに観ていて引っ掛かった箇所を上げたが、水木ゆうなが可愛いというのが何より素晴らしかった。
 若い女性を立てるというのは、森達也の幻の映像版「下山事件」を想起するが、「犯罪学会」、本作と村上賢司による森達也の継承ぶりに驚いた。既に作家として確固たる個性を持ちながら、「犯罪学会」の皇居一般参賀シーンでは、頓挫した森の天皇ドキュメントにあってもおかしくないような凄いものだったし、本作は「下山事件」への村上からの返歌と考えても良い。そういった描写といつもの村上的な描写が混濁して作品化されていることに驚くが、もうこのヒトは何でも撮れてしまうのではないかと思い始めた。
 個人的に不満なのは尺が短いということで、倍あっても良い。恐らくMA、放送時に至るまで撮影していたということなので、今後完全版が上映されるのではないかと予想するが、その際には、前述した事件現場の点描を、どういう形で撮影しているのかはわからないものの、村上賢司の視点で観たアレフであったり、和歌山の現場であったりを観たい。又は、村上と吉田が現場でどう向かい合ったかを。アレフを撮影しながらBGMで潰してテンポよく見せる贅沢さは感じるものの、もっと観たいという思いに駆られる。
 森達也に関しては「A2」のメイキング本を読んでいたので、その中で安岡卓治が森のテープ管理のいい加減さを書いていたので、ガサツな感じが出ていて良かったと思う。それに助言していく森の姿が格好良く映ってしまうという、巧妙に出来た森達也プロパガンダとも言える。それにしても、朝飯ばっかり食ってないで、そろそろ映像をやって欲しいものだ。
 因みに放送時に実況板を見たら、『AVみたい』という声が幾つかあったのが面白かった。やはりそう映るか、と。