『前略、大沢遥様』

molmot2007-08-04

『セキ☆ララ』DVD発売&『童貞。をプロデュース』劇場公開記念 松江哲明のセキララで嘘つきなドキュメント選集


 今日からは松江哲明特集である。『セキ☆ララ』を除いては全て一回きりの上映なので、木曜までアップリンクへ連日通うことになりそうで、今夏の特集上映地獄のこれがまだ前半段階だと思うと気が遠くなりそうだが、まだ義務感で足を運ぶところまで追いやられていないので大丈夫かと。たまにアテネ・フランセとかで倒れてる奴を見ていても思うが、映画観るのはケッコー体力要るのよ。引き篭もってDVD観てるだけとはエライ違いで、猛暑の都内を疾走して劇場を渡り歩く体力がないとできない。
 『童貞。をプロデュース』がかなり話題になっているとは言え、『前略、大沢遥様』は流石にマニアック過ぎるだろうという思いがあったが、30分前に着くと入口前に立っている松江監督が既に整理券が40番台と言うので慌ててチケットを購入するが、最終的には丁度収まる入りで盛況だった。ともあれ、2年ほど前にいつか松江哲明レトロスペクティヴを三百人劇場でと言っていた身としては、AV作品を主にこういった特集上映が組まれるのは嬉しい。 

211)『前略、大沢遥様・再編集版』 (UPLINKFACTORY) ☆☆☆★★

2003年 日本 ハマジム カラー スタンダード 60分(再編集版)
監督/松江哲明    出演/大沢遥 松江哲明 向井康介 村上賢司
ハーモニー [DVD]
 いつか観ようと思っていた。そのうち中古AVを漁っているうちに見つかったら観ようと思っていた。しかし、AVのあの広い海に投げ込まれた作品は、そう偶然に出会うことはできない。今回、ようやく作品と接して、積極的にこの作品を観る為の努力を払わなかったことを大いに後悔した。この作品を観ずに松江作品を語ることの愚を感じずにはいられなかった。尚、カラミの箇所を短縮して10分カットしての再編集版としての上映となった。従って、AVとしてはといった論評を加えるのは、同じく短縮されている『セキ☆ララ』同様不可である。
 松江作品には最初期から<童貞的>という要素が散りばめられている。それは『あんにょんキムチ』での松江自身の言動や、妹の部屋でのやり取りなどでも顕著だが、『カレーライスの女たち』の一人目の女優の部屋に泊まって悶々とする自身の姿に童貞だった頃を思い返したことをテロップで態々出したり、『2002年の夏休み』に盛り込まれた恋愛物語が正に童貞的なものだったことからも伺える。『赤裸々ドキュメント・天宮まなみ』の終盤の突発的展開に動揺する松江の姿は童貞そのもので、又、『花井さちこの華麗な生涯』を代表とするピンク映画の数々でも松江哲明は独特な童貞演技を披露しており、『童貞。をプロデュース』は、大島渚が自作に度々顔を出す少年への自覚を持って『少年』を撮ったように、一貫して童貞が顔を出す松江作品の集大成的に『童貞。をプロデュース』が作られているのだと考えても良い。
 松江哲明初のAV監督作となる本作は、『HERMONY 大沢遥』の1パートとして制作されたもので、この作品に続いて撮られたのが『セキ☆ララ』こと『Identity』なので、正に原初の風景として観ることができるが、注意しなければならないのは、一見したところ、まるではじめてAVなるものを撮ることになった他の畑の監督のように見えてしまうが、実際はそれまでに助監督、編集などでAVの現場を経験しており、その上で敢えて自分の方法論で撮るAVとして作られている。
 何せ空バックに大沢遥を首から上のアップで喋りかけながら移動し、七夕であることを話す開巻からして既に半身引き身であることが明らかで、え?AVなのにと思いながら、この距離感を既に感じさせることにアララと思いながら、次のショットでは黒バックの字幕で、僕は失恋していましたと一気にセルフドキュメンタリーに持っていくので、劇場で観ているとここから即作品の世界観に連れ込まれる。以降スチール撮りの最中の大沢遥が登場するまでの10数分、何とこの作品にはオトコしか登場しない。監督の松江哲明、共同撮影の向井康介、助監督の上島文孝の3人であるが、松江の自室でのやりとりがもう童貞的と言わずして何であるかと言う位、童貞そのもので大いに笑った。童貞少年がエロいお姉さんに何しても良いと言われたみたいなシチュエーションである。ネットの大沢遥の画像を見ては叫び興奮する一夜が明けて、朝食を三人で摂りながら『めざましテレビ』を観ているところまで入れてしまうのには、『童貞。をプロデュース』の童貞1号のクリスマスのシークエンスを想起させる。
 三人でロケハンに向かう(この段階でもまだ女優は登場せず、ここまで待たされると、観ている側までがいつの間にかネットの画像に興奮するレヴェルとなり、画面に同化させられる)と登場するのが村上賢司で、ここでのムラケン監督の飛ばしっぷりが凄い。車中で大沢遥のプロフィールを読みながら、薄い女だと言って、うすーい、うすーいと連呼した挙句に廃線跡を歩きながら『童貞行進曲』という即興の唄を披露するに及んでは笑いすぎて腹が痛いというほどで、この作品ではじめてムラケン監督を見たヒトは頭がおかしいヒトにしか思えないのではないかという位、今村昌平映画の小沢昭一クラスの爬虫類演技を見せて画面をかっさらって行った。
 しかし、このロケハンのシークエンスなど本来ならば全く不要で、ロケ地に大沢を連れて行く際のインタビューから入れば良いのだが、この童貞たち(実際には違うのだが)のやり取りがやたらと面白く飽きさせない。又、車中からの郊外の変わりばえしない風景を撮った、松江作品では『セキ☆ララ』『童貞。をプロデュース2 ビューティフルドリーマー』でも御馴染みのショットがここでも観ることが出来る。
 スチール撮りの合間の打ち合わせにようやく登場する大沢遥が実に可愛い。歯を磨きながら受け答えするのが笑えるが、こういった所が実に巧い。以前、『ピンクリボン』を松江監督が批判した際に、渡辺護が猫を引っ張り出したり、黒沢清がヘリの音に見上げる仕草を見せたりするところが巧く使用されていないというようなことを書いていたが、ここでは正にそういった動作が巧く取り込まれている。これが歯磨きありきで編集されたらそれはそれで鼻白むのだが、そうはならずに監督と女優との最初のやりとり、撮影内容の説明という要素も満たしつつ、歯磨きの仕草を取り入れているのは巧い。
 大沢を迎えての本番当日となり、車中でのインタビューの上ずった声など、その後の作品からは伺えない緊張感溢れるものになっているので、観ていてヒヤヒヤするぐらいで、廃線でのローター、バイブを使用するシーンを撮影している中でも、面白い方にどんどん行ってしまうので、結局大沢よりも上島の印象しか残らないという一部からは怒られそうな作りだが、観ている側はどんどん上島の童貞的動作っぷりに思い入れたっぷりに観てしまう。その挙句に大沢に「こんな入り辛い現場はじめて」と言わせてしまうのだが、大沢が高圧的な女優では全く無く、実に人の良さが出ている人なので、そうは言いつつも和気藹々と現場が進んでいく。カメラを二台用意して、ポンとロングから撮影しているクルーも含めて入れ込む画をインサートするのは『セキ☆ララ』でも観られるが、まだこの段階ではそう洗練された形にはなっていない。
 温泉でジャンケンして大沢と混浴する姿、飲んで盛り上がる様子などは、当人ほどには観ている側はそれほど盛り上がらない上に長さを感じるのだが、それでも泥酔した上島と大沢のキャラクターの愛らしさがよく出ていた。更にここで一気にAVとしての商品に相応しい彩を加えるのが男優氏で、前転しながらベットに飛び込むワケの分からないテンションと異物感が、作品をアナーキーな場に追いやっていて、ここで松江がハメ撮りを始めたり、童貞衆3人が襲いかかれば作品の到達度は高まるのだろうが、それは観客の無責任なおねだりで、ここで男優が登場して以降、上島はトイレに篭る(ADなのに肝心の時に居ないというのも凄いが)し、松江も再び距離感を大沢と感じ始めるしで、この辺りの童貞的身の引きっぷりが面白い。しかし、短縮版でもカラミは十分入っており、AVとして成立している。
 撮影後、帰りの車の中で直ぐに打ち解ける男優氏と大沢に嫉妬する松江(そういう童貞っぷりには大いに共感する)が、悔しいのでと「AVとは何ですか?」と質問を投げかける。これは、次回作『Identity』で、あなたにとってのアイデンティティとは何ですか?と問うたのと同様の難しい投げかけだが、それへの自身の答えを字幕で見せる手法など、その後の作品ほどスマートには行っていないが、初のAV監督作でしか観られない作品になっている。
 冗長に感じる箇所や、字幕の出し方など、現在の松江作品ならば、もっとテンポ良く進むであろうが、次の『Identity』ではすっかり手馴れた作りになっていたことを思っても、唯一無二の初々しさに溢れた愛すべき佳作となっている。
 最近は遠ざかっているとは言え、一時期、松江監督のAVが2、3ヶ月毎にリリースされていた時期があったが、あの頃の追いかけて観ていた時の自身のテンションを思い返した。
 家に帰って自分がしたことは、『前略、大沢遥様』が収録されたDVD『HERMONY 大沢遥』の購入だった。400円で買えてしまったが、その気になれば直ぐ買えたのに放置していたことを後悔させられた作品だった。



トーク雨宮まみ×松江哲明