映画史に残る大爆笑映画・山下敦弘監督作『中学生日記』を、すべての観客が見逃さないための覚書

molmot2007-08-14


 基本的に、自身が後で参照できれば良いというつもりでしか書いていないので、他人に何かを推奨したり、是非観ろというようなことをやるのは嫌だ嫌だと言いつつもケッコーやっていて申し訳ないが、ただ、こればかりは僭越ながら観た方が良いですよ、という作品は年に何本かある。

 2006年12月8日、東京国際フォーラム・ホールD1でスクリーンに向かって顔を向けているヒトの姿は、ほんの僅かだった。いくらニューシネマワークショップの実習作品で作られたものとは言え、ENBUでの実習作『不詳の人』と『道』(『子宮で映画を撮る女』)の秀作ぶりを観た者なら、又、何より山下敦弘の新作だというのに何故誰も居ないのかと思った。そのことへの憤りが上映後更に積もったのは、これまで映画を観てきて経験したことがないほど大爆笑してしまい、本当に腹が捩れ、胃が痛いと呼吸困難に陥ったからだ。こんなに面白いものを、誰も居ないトコロで観ていることに特権性を覚えるどころか、多くの観客の目に触れていないことが、ひたすら悲しかった。
 上映の際、松江監督も大爆笑したことが日記に記されていたが、松江監督の凄さは、誰も観客にこの傑作を届けないのなら、自分が届けると、自作『童貞。をプロデュース』公開記念のオールナイトに、まんまと『中学生日記』を入れてしまったことだ。これにはひたすら感謝するしかない。
 小規模制作の作品だから、観る機会の無い作品だからと、過剰に褒め称えているのではない。時として、こんな規模の作品が映画史に残ってしまう傑作になるのが映画の凄いところだから、と同時に、だから下手すれば山下敦弘が監督しているにも係わらず、埋もれてしまう可能性があるのも映画の恐ろしいところだから、是非この機会に多くの観客の目に触れて、幸福な大爆笑のひと時を過ごして欲しいと心から願う。山下敦弘の最高傑作であり、山下作品のファンだというヒトは当然だが、むしろ、山下作品が苦手だとか、あの笑いが好きになれないというようなヒトにこそ観て欲しい。これまで抱いていた山下敦弘のイメージが覆される、クスクス笑いから大爆笑へと一大転換した作品だけに。
 はっきり言って、自分は全くこの作品にも、このオールナイトにも関係ない一観客に過ぎないが、態々オールナイトにまで参加して観たのに、クスリとも笑えなかったとか、時間と金を無駄にしたと言うヒトが出てくれば、先着五名までなら入場料を自腹で返金しても良いというくらい、『中学生日記』は気に入っているし、多くの観客の目に触れて欲しいと思う。山下敦弘は『中学生日記』を作り、松江哲明は『中学生日記』を劇場にかけてくれたのだから、後はこの作品にどう向き合うかは観客に委ねられている。末永く愛されて、観客によって育てられ、世に広がっていって欲しいと思う。念の為に書いておけば、『中学生日記』はソフト化されていない。
 で、下記が、その見逃さないための重要な覚書。

童貞。をプロデュース』公開記念オールナイト VOL.2

■日時 8月18日(土)23:00〜  
■劇場 池袋シネマ・ロサ  
■入場料 2500円(『童貞。をプロデュース』前売り券をお持ちの方は300円引き)


■上映作品
アイデン&ティティ
中学生日記
『パンツの穴』



アイデン&ティティ』は35mmフィルムによる上映。他2本はDV-CAMによる上映。

http://www.spopro.net/virgin_wildsides/event02.htm

 以下、初見時の感想を一部抜粋。終盤まで割っているので注意。

映画 『中学生日記

中学生日記』  (東京国際フォーラム ホールD1) ☆☆☆★★

2005年 日本 NCW カラー スタンダード 49分
監督/山下敦弘    脚本/クレジット無し    出演/矢柴俊博 仁後亜由美 大迫一平 芹澤興人 竹田尚弘

http://www.ncws.co.jp/archive/mh7/yokoku.mov:movie=quicktime
 
 ニューシネマワークショップの実習作品上映の場でありながら、いくら贔屓筋の監督とは言え、山下敦弘の作品のみを観て帰るなんてのは、失礼過ぎると我ながら思う。本当は、他の実習作品も観なければいけないし、予告のダイジェストで少し眺めても、ちょっと観たくなるような作品もあっただけに、後ろめたさもある。実際、この後でプレミアム上映された『棚の隅』の試写には申し込んでいて、観る気だったのだが、生憎自分の予定がズレたので観る事が出来ず残念だった。主演の大杉漣の舞台挨拶もあったようだ。
 
 山下敦弘フィルモグラフィーが製作規模を大きくしつつ快調に続いていく中、同時に自主映画寄りの小品の製作も続けていることは嬉しくなる。DVDでも『その男狂棒に突き』や『不詳の人』といった形で纏められているが、これらの濃い作品と平行して商業作品を製作することで、良い形で影響しあっているように思える。
 ENBUでの実習として製作された『不詳の人』と『道』は、昨年、一昨年とテアトル新宿で上映され、『道』はその後、今年のガンダーラ映画祭で改題短縮されて『子宮で映画を撮る女』として上映され、更に、DVD『不詳の人』として発売された(収録されているのは表題の『不詳の人』と『道』)。
 今年はシアターQAXに開催場所を移したENBUの上映会で、また山下敦弘の新作が上映されるのかと思っていたが、無かった。多忙なので講師はもうやっていないのかと思っていたが、ニューシネマワークショップのアクターコースとして『中学生日記』という作品が上映されると聞いて、『不詳の人』と『道』の完成度を思えば観ないわけにはいかず、早速東京国際フォーラム ホールD1へ向かったが、異様にデカイ所でやるんじゃなかろうかとヘンな期待をしていたが、極小規模のホールでの上映だったが、このホールはこんな所もあるのねと思う。
 
 日曜日にもう一度上映があるので、恐らく観客はその際にはかなり膨れ上がるのだろうが、今日は関係者を除けば数人程度だった。
 
 しかし、作品には唸らされた。素晴らしい秀作だった。今年は、山下敦弘の新作を『子宮で映画を撮る女』『松ヶ根乱射事件』と観て来たが、3本目となる『中学生日記』が個人的にはいちばん好みだ。『子宮で映画を撮る女』と完成度の高さでは争う佳作ではないかと思う。
 開巻に、登場人物を13歳だと思って観てくれというようなテロップが出る。確かに、初めはアカラサマに役者達が中1には見えないので大丈夫かと思ったが、『ばかのハコ船』の中学時代の回想シーンをまんまと成立させた監督だけに、そんな断りを入れなくても全く問題ないという自信があるに違いないが、だから敢えてそれを入れて観客を構えさせているのだろう。そうでなければ、どんなに古めかしいロンゲであろうとも、皮膚に張りがなかろうとも、髭を生やしていようとも、あっという間にそんなものが気にならなくなり、完全に中1として画面を観てしまえるわけがないからで、作品の世界観に直ぐ連れ込まれてしまったので、一度も実年齢とのギャップを感じさせることはなかった。一切オトナを出さず、ほぼ教室のみに空間を限定させて濃密な空気感を作り出した演出と、それを作り出す演技によって、虚構の中1という世界がしっかり根を張ってあっという間にできていた。こうなると、後はもうどんな手で来ても成り立ってしまう。


【以下ネタバレ含む】
 朝の教室に日直の男子が先に来て、黒板の日付を消して書き直し、黒板を更に消していく。そこへ女子の当番が来るが、彼女も日付を消してしまうが、男子はそれに気付くも何も言えない。彼女の肘に付いたご飯粒を教えようとするが、彼女には、うん朝はご飯と流されてしまう。
 チグハグな会話の妙に、既に山下作品らしさに溢れた可笑しさがあるが、そんなことをしている間に生徒達が登校してくる。
 この登校してくる描写で、各生徒の渾名を態々字で出すのは不要なのではないかと思った、この時は。二十人近く居るのだから、そんな名前出したところで‥とも思っていた。
 
 以降、5つのエピソードが区切られて描かれる。
 1話目は、文化祭のクラスの出し物を決める席での物語で、クラス内の力関係やキャラクターの配分が、ちょっと驚くくらい、あるあるという描写に満ちていて、終始笑いながら観ていた。殊に、クラスのお調子者が女子を泣かせてしまい、謝んなよと女子達に責められて、初めはフザケタ謝り方をしていたのが、段々気不味くなって、神妙に謝る過程が凄く良いし、それを受けて、女子達が泣いている女子に「ねえ、許せる?」と聞くのが良い。あるなあ、こういうの、と思いつつ、引き込まれて観ていた。最後に全員で職員室に行って先生の指示を仰ごうと皆で行こうとすると、一人興味なさげに座ってた奴が、行くのかよ、とダルそうにして、そんな全員職員室入れないから、狭いから、などと言いつつ付いて行かされるのがまた良かった。私は、こーゆータイプだったので、より笑った。
 
 2話目はタイトルが「♯2 スペルマ」というもので、この段階である種の想像がつくが、 女子が自身の机にスペルマと書かれた落書きを見つけ、これはどういう意味だろうかとみんなで考え始める。女子達がデカイ声で「スペルマ」「スペルマ」と連呼するので、こちらは爆笑していたが、遠くに座っている女子に「○○ちゃん、スペルマって知ってる?」「スペルマ?」「うん、スペルマ」といったやり取りが延々と続き、「テストに出る単語かも」「野菜の名前?」といったツボを突いて来る科白に爆笑し、「辞書に載ってない」とか言われて、もうこちらは爆笑し過ぎて涙が出ていた。巧いのは、側に座っている男子二人の内、一人は意味を知っている。中1ではよくあることだが、それだけに心なし俯きかげんで、じっと成行きを見守っている。女子達が、テストに出るかもしれないから、スペルマの意味を先生に聞きに行こうと皆立ち上がるのを、その男子は「いや、それは止めた方が良い!」と止める。じゃあ、意味知ってんのと皆に問われて、ボソリと「ザーメン‥」と答えると、今度は女子達が一斉に「ザーメン?」を連呼するという。辞書を引いてる子は、「ザーメンだからZだよね」とか言い出すので、観ているこっちは笑い過ぎて、何かあったのかというぐらい両目から涙が出ていた。 
 ただの下ネタと言ってしまえばそれまでだが、感心するのは、脚本の表記がないので簡単なメモか即興で作り上げたのだと思われるが、下ネタの場合は特にそうだが、現場レベルで過剰化しがちにも係わらず、とても抑制が効いているのだ。これ以上やると下品になる、やり過ぎになるという直前で、引くのが良い。科白にも余計な過剰化した作りこみすぎた科白が少しぐらい入ってしまってもおかしくない筈だ。しかし、それもない。下品にならない、過剰にならないギリギリのところでやってのけてる厳密さに、笑いすぎて涙を流しながらも、ちょっとした感動を覚えた。
 それにしても、いかにも中1の時期らしいネタで面白かった。こういうことは誰にでもある話で、自分は中2の時だったか、クラスの女子にスワッピングという言葉を覚えさせたのだが、やっさんと呼ばれていた横山やすしに酷似したアル中で木刀を振り回す数学教師に意味を聞きやがって、お陰で、オマエかイランこと教えたのは、と怒鳴られながら教室内を逃げ回っていたら花瓶やら設置具を二人して破壊しまくったので、後で教頭に二人して怒られたという良い思い出がある。
 
 3話目は「校門おじさん」。
 校門に立つ正体不明のおじさんに纏わる物語だが、これもどの地域にもあるネタで、東大出てるらしいぞ、とか意味不明の噂を生徒達が言い合うのが面白い。それもカメラは殆どを教室の外から窓を斜めに捉えた引きの画で見せるだけで、窓から外を見ながら噂し合う生徒達のみで見せる。更に良いのは、そういうものに全く関知せずといった女子だけの一団が教室の奥で気にもせずに話を続けていることで、この辺りの人物配置の寄りと引きも見事。 
 
 4話目は、校内放送で呼び出された女子に、クラス中が噂で持ちきりになる。外にパトカーが止まっているというだけで、よりハナシが大きくなって、その女子にまつわるあらゆるエピソードが噂の的になる。冷静な奴の「それって、普通じゃん」という突っ込みが良い。彼女が呼び出された理由は何だったのか、意外な答えがオチに語られる。
 
 5話目は「血液型相関図」。
 いかにも童貞中学生な、付き合うと、付き合っていないの境界線をめぐる物語。クールな女子の、「確認なんだけど‥」と、既に付き合っているつもりの男子に、えっ、電話してきて血液型がBとOで相性良いって言っただけでしょ?というハナシの食い違うやり取りは、もう相変わらず素晴らしい。
 
 エピソード間のアイキャッチ的ショートエピソードもかなり質が高く、階段で男子二人が、最近の芸人の噂話をしきりにした後で、タモリがわかるようになってきたと話し始めるのには、思わず噴出して笑った。
 
 エンドレスで観ていたいという幸福感溢れる秀作だった。商業作品としても遜色がない。是非DVD化して欲しい。