『したくないことはしない 植草甚一の青春』 津野海太郎(新潮社)
- 作者: 津野海太郎
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2009/10/31
- メディア: 単行本
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しかし、だからと言って、しつこくネチネチと知られざる植草甚一を描き出そうと言う気は著者にはまったくない。これまでの植草の発言を拾い出し、生誕地に足を運んだり、その地区の図書館に足を運んだりして当時の植草が置かれていた環境を想像するものの、具体的な裏付けはほとんど取らず、推理に終始する。実際著者も〈本来であれば、以上の推理をたしかめるべく、役所をたずねたり古老の話をきいたりのフィールドワークにはげむべきなのだろうが、残念ながらそこまでの根気はいまの私にはない。〉とぶっちゃけてしまっている。インターネットでの検索に頼りすぎたり、他の書物からの孫引きで示される箇所が多すぎたりと、本来ならば欠点になりそうなものだが、本書ではその表層部分の滑走が植草甚一的な読み心地の良さの継承となっていて飽きさせない。植草だって膨大な知識と書物を有していたが、引用と深入りしそうでしない文章が独特のリズムを形成して魅了させた。それが真実かどうかはどうでもいい。著者による強引な想像、思い違いも多いに違いないが、活き活きと植草甚一が幻影の帝都を歩く姿が浮かび上がってくる。生誕百年、没後三十年を経て、植草甚一の伝説化が進み始めていた時期に登場した本書は、現在の新たな読者と植草を繋げる絶妙の副読本であり、それを担当編集者だった著者が記したことの意味は大きい。
(2009.01.03 読了)