映画 『白日夢』

美の改革者 武智鉄二全集

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 二徹して仕事を終わらせ午前中に納品済ませたまま、朦朧とこっちが白日夢見そうな状況でイメフォへ向かう。
 本日の午前の回が最後の『白日夢』オリジナル版を観る為。
 最も有名な作品である為か、客席は4割程は埋まっていた。土日になれば、もう少しは入っているのだろうか。ニュープリントを焼いていることだし、もっと客が詰め掛けても良いと思うが。あまり話題になっていないないのは、やはり武智鉄二は現在でも早過ぎるのだろうか。

264)『白日夢』 (シアター・イメージフォーラム) ☆☆

1964年 日本 第三プロダクション パートカラー スコープ 94分
監督/武智鉄二    脚本/武智鉄二     出演/路加奈子 石浜朗 花川蝶十郎 松井康子 小林十九二 坂本武

 武智鉄二の監督作品と言えば、やはり『白日夢』が最も有名と言っても差し支えない。その後セルフリメイクに更にその続編まで作ったのだから、武智鉄二の代表作と呼ぶに相応しい。
 リメイク版の『白日夢』と『白日夢2』はビデオ化されていて、在庫の多いビデオ店なら置いてあるので、割合簡単に観る事ができるのだが、これまで敢えて借りなかったのは、オリジナル版を観ていなかったからで、そんな頑固さが、木下恵介版を観ていないという理由だけで、今村昌平の『猶山節考』を観るのを大幅に遅らせる原因ともなった。
 今回ようやく観る事ができたオリジナル版の『白日夢』だが、本作が武智鉄二の劇映画第1作であり、先日観た『日本の夜 女・女・女物語』が監督第1作ということになるらしいが、あちらは記録映画なので、その後の騒動と併せて考えても『白日夢』から武智映画が始まったと言って良い。

 OPの松竹のロゴに改めて松竹配給作品であったことを思い出す。リアルタイムで経験していないので、映画史を横軸では見にくいせいもあるのだが、松竹という非常に保守的な会社が60年代に入るとかなりポルノ路線に踏み込んで行ったのは何なのだろうと思うことがある。城戸四郎が生存どころか、再び製作の中心に居たというのに。松竹ヌーヴェルヴァーグ以降、性と暴力を売りにされた大島渚の『太陽の墓場』が成人映画指定第一号だが、その後の『悦楽』や大島・吉田喜重が独立後の松竹買い取り作品で製作した作品の多くで性に主題が求められていることや、又東活との関係や、1968年に若松孝二が松竹で撮った『金瓶梅』のことを併せて考えても、いくら経営難とは言え、あの保守的な松竹がポルノ路線に歩んでいった流れを、映画史を縦軸に観ているだけではわからない部分を知りたいと思う。
 『白日夢』の場合は邦画4社が争奪戦を演じたそうだが、石浜朗、坂本武というキャストの並びに松竹色を濃厚に感じさせる。しかし、石浜朗って、あの石浜朗かとクレジットを見て驚いたのだが、フィルモグラフィーを参照すると、本作が公開される前年に松竹を離れたらしく、その後映画には僅かに出演しているのみで、異常性愛モノなど、それまでの松竹で木下恵介の作品に出演していたイメージとは恐ろしく異なる。木下恵介も本作公開同年の『香華 前後篇』で松竹を離れているし、この辺りの石浜朗の松竹から離れた過程や、『白日夢』出演の経緯、その余波など知りたいと思う。又、木下恵介はこれにどういうリアクションをしたのか、とか。

 作品としては、と言っても自分は武智鉄二の作品は『黒い雪』『華魁』『日本の夜 女・女・女物語』、そして本作しか観ていないのだから偉そうなことは言えないが、その中では最も面白かった。と言っても冒頭の歯科医院内の描写に限定されてしまうのだが、武智鉄二の作品でいつも思う、描きたい部分への凝縮性の不徹底が、作品を弛緩させ、不要に拡散させて散漫な出来になってしまうことへの不満が、本作においても中盤以降はあるのだが、前半の歯科医院の描写においては悪くなかった。
 歯科医院の恐怖というのは、自分はいつもアルフレッド・ヒッチコックの『暗殺者の家』の歯科医院の描写を思い返してしまう。麻酔といい、患者側の主観で医師が覗き込むショットと良い、歯科医院こそは恐怖映画のお膳立てが揃っている。映画においては、最近では中原俊の『歯科医』があるが、未見なのでわからない。
 本作で印象的なのは「音」と接写だ。
 開巻のクレジットに併せて女の喘ぎ声が響く。60年代のピンク映画を僅かにしか観ていないので他の作品との比較ができないが、既にこの段階で随分煽情的だと感じる。実際、桑原稲敏著『切られた猥褻−映倫カット史−』を参照すると、この冒頭の声に関しては、<映倫は配給の松竹と話し合い、(中略)女性のうめき声のボリュームを絞るなど、上映中に若干の再改訂を加えた。>とある。
 

 歯科医院にやってきた石浜朗は、治療用の椅子に座る。隣には路加奈子が座る。路の口中に器具が突っ込まれる。
 当時の医療器具の生々しさに対する嫌悪感というものがある。今でこそ病院の医療器具はそれなりにデザインや外観が整えられているので何も思わないが、自分が幼少時ぐらいまでというか、行く病院が古かったりするとよりそうなのだが、随分と人工的な物々しさに包まれていて、こんなもんを体に纏いつけるなんて大丈夫なんだろうかとか、あの上方にある気味の悪い茶褐色のバルーンは何だとか、得体の知れない人体実験に付き合わされるような感覚があった。本作の歯科医院も正にそうで、見ているだけで不快になる器具に満ちていて、その段階で半身引き気味だった。それを口の中に突っ込むのだからたまらないし、それをまたかなりのアップで捉えて、更に大音響でその機械音と流れる唾液や液体を加味した水音が響くのだから、生理的嫌悪が高まる。
 しかし、それだけ見応えがあるということで、感心しつつ観ていた。殊に、口中をアカラサマに陰部の如き扱いをして見せるのは、現在から見てもエロティズムに満ちていて良かった。
 ただし、感心したのはここまでで、石浜が麻酔を嗅がせられ、気を失ってからの白日夢に入ってからは、凡庸な実験映画の枠を出ず、足立正生の『銀河系』もたいがいだったが、更に幼稚な描写を延々見せられ退屈した。デパート内を全裸で走るとか、銀座の街中で全裸になるといった、当時としてはセンセーショナルな喚起や反権力的象徴として機能したであろう描写にも、映画史的資料以上の価値は見出せず、露出AVの原型としての興味程度に眺めていた。
 多少気になったのは、ホテルに連れ去られた路を追って石浜が来た時にホテルは閉まっていて入ることが出来ないというシークエンスで、ここは幻想なので、その後も部屋の外から中に入ることが出来ずに窓越しに傍観するしかないという描写がある。
 ホテルに入れないので外から外観を眺めていると上の階で灯りが点いたので、そこに路が居ることが分かるという展開だが、北野武の『ソナチネ』で、夜のホテルに殴り込み、発砲する様を外からのみで描いたシークエンスと極めて近い。しかし、演出としては圧倒的に北野が優れていて、武智がいかにそれができていないかという当然なことを改めて思うが、観客が共に、外から傍観するしかないという状況を描く中で、ホテルをロングで見詰めるという描写は、共にそうカットを割っているわけではないのに、何故こうまで決定的な差異が出てしまうのか。
 室内で路が縛られ、電流を通されて痺れに悶絶するシーンも、当時としては革新的性描写なのだろうが、今となってはガンバルマンみたいな電流浴びに終止している感しかないが、これも映画史的資料として見詰めていた。
 白日夢から覚めた石浜は、隣の路の落としたハンカチを届けるべく歯科医院を出て行く。医師はマスクを取り悪どい笑みを浮かべる。この直接的な見せ方には笑った。控え室には診療を待つ若い女性が居る。
 石浜は車で去ろうとしている路に追いつき、ハンカチを渡す。路から乗っていかないかと誘われ同乗する。路は太股に歯型があることに気付き不思議そうにしながら、それを隠し二人を乗せた車は去っていく。ここで俯瞰となり、それが皇居前広場であることがわかり、カメラがパンして東京の街並みを映し出して終わる。
 ラストで不満なのは、ここでパンして映すべきは皇居なり国会議事堂ではないのか。足立正生の『性遊戯』のラストは歩道で軍服や夫々の派手な格好をした二組の男女が抱きつきキスをして、パンした先には国会議事堂があった。パンした先に権力の象徴があることで、作品の意味合いが強調されるのだから、単に東京の風景があるだけでは、表現の限界に挑戦した武智の思いは単に世間に向けて、ホラ過激なことをしただろうと言ってみたにすぎないのではないかと思えてしまう。

 
 本作が映画史的に語られるのは、その騒動からだ。以下、前述の『切られた猥褻−映倫カット史−』を参照しつつ記すと、<映倫は脚本審査の段階から、その裸体描写や陵辱シーンに頭を痛めていた。なぜなら製作発表の記者会見で、武智鉄二監督が、「ヒロインの路加奈子を全裸にして、デパート内を走らせます」と発表したからである。>又、武智が映倫に出した書状というものも記されている。


〈この映画は未踏の境地を表現し、沈滞せる映画芸術に新生命を与える意図のものであり、映倫審査も新しい芸術創造に協力的であることがのぞまれる。更にまた、経歴において、芸術活動の実績において比類なしの一級演出家と、かけ出しとを同一基準でみられるのは迷惑千万である。小林(勝〉審査員は、作品のもつ哲学的内容、ゆるぎない構成を全面的に理解する能力に欠け、いたずらに部分的クレイムに終止、芸術表現の自由を極度に奪おうという態度が明白である。よって、憲法の保障、芸術の自由と前進のため、同審査員の審査を忌避、私の芸術歴にふさわしい代人を至急決定されたい〉

 というもので、実に強烈だ。実際これによって、<映倫の審査員を名指しで忌避し、それを文章で通告するという逆襲は初めてだった。(中略)病気を理由に小林勝を審査員から降ろし>という事態に至っている。
 公開された作品は大ヒットし、<不振の松竹に約三億円の興行収入をもたらしている>とのことなので、トラブルもより宣伝に拍車をかけたというところだろうが、公開後に起こったトラブルとして、<武智鉄二監督がマスコミに「私の芸術が認められ、映倫でもノーカットになった」と語ったことから、東京母の会の幹部たちが映倫に上映中止を訴え、映倫には抗議の手紙や脅迫電話も舞い込んだ。また、映画の中で『社会制度の悪の象徴』として描かれた日本歯科医師会も、抗議団を組んで映倫に押しかけている。>とあり、騒動は公開後もしばらくは続いたようで、興味深いのは、東京母の会なんてのはどーでもいいが、日本歯科医師会が怒ったというのは面白いと言っては悪いが笑ってしまう。

 1964年という時代に浮かんだ『白日夢』における騒動は、性表現の枠組みを広げ、同時に狭めることにもなったわけで、60年代のピンク映画を眺めると、時代が後に進んでいるにも係わらず露出が制限されていたりすることもあるが、そういった流れを僅かに観る事が出来る個々の作品からだけでは判らない、量産されていったピンク映画の流れと共に横軸で観たいものだと思う。そうしなければ、現在からの作品への評価はできても、作品の持つ同時代性を理解することはできない。
 映画側からは異端として冷遇されている武智鉄二だが、『白日夢』の前半には、本来彼が映画でやろうとしたことの一部が良い形で結実していたのではないかと思う。



■参考資料
『切られた猥褻―映倫カット史』桑原稲敏 (読売新聞)
切られた猥褻―映倫カット史