その場所に映画があるって(1) 大阪市西成区  『(秘)色情めす市場』篇

(秘)色情めす市場 [DVD]

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秘色情めす市場~日活ロマン・ポルノの世界

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 御堂筋線動物園前駅を降りて、目的地にいちばん近い出口を目指す。地上に出てくると、自分の記憶と寸分変化のない西成が姿を現す。それにしても暑い。西成で暴動が起きるのは暑いせいだと嘗て言ったのは、『太陽の墓場』ロケ中に“大島を殺す”という声を浴びせかけられたこともある大島渚だったか。もう20年近く暴動は起きていない。近くに住んでいた時は、暴動起きねえかなと期待していたが、もうそんな若さも元気もなさそうな人たちしかいない。下町の親しみやすさと非日常が混在する場だから、ひょっとしたら何か起こるかもしれないというざわめきを感じさせてくれたのかもしれない。
 用件を済ませた後、炎天下を歩き、飛田を徘徊する。2年に一度ぐらいは来るものの、夜に通ることが多いので、昼間フラつくのは数年ぶりだ。本当は、日本橋や難波に出かける際に自転車で通り抜けるのが気持ち良いのだが。
 
 1974年に製作された田中登監督作『(秘)色情めす市場』の何が面白いか、何故いつまでも脳裏に焼きついて離れないかを言葉にするのは難しい。せいぜい観終わった直後、夕方だったのだが、自転車に飛び乗り、飛田を闇雲に走り回ったという事実を書き記すことぐらいしかできない。更にその時でさえ、既に製作から23年ほど経っていたというのに、風景が全く同じだったことに衝撃を受けた。冒頭の石段も、各料亭も、道も、全て今さっき観ていた映画と同じだった。
 下記が、映画の冒頭に登場する石段の現在である。自分が近所に住んでいた頃はまだ改修工事前で当時のままだったが、後方にデカイマンションが出来たり、再開発の波はジワジワと押し寄せている。それでもちょっと驚くくらい古い家屋が並び、昼間から営業を続けているが。少し離れたところになると、遣り手婆は外に水を蒔きに出たという体で、自分に声をかけてくるので、おばはんアカンやろと心中で突っ込む。
 以下、いどあきおのシナリオから引用する。
 

2 同・小料理屋「おそめ」・店先き

  曖昧屋の一軒である。丸西トメ(19歳)と女将の百合(36歳)が会話している。
百合「……何んで他処で股ひろげんならんのや?ここでは何んぼでも稼げる筈や、そうやろ、ちゃんと歩合い出してるがな」
トメ「(別の思いに捉えられていて)……」
百合「(投げて)フン、そないフリーが好きやったらフリーでやりな、どこだと好きなトコで股ひろげたらええがな」
トメ「(ふと、笑いを漏らし)……」
百合「(ムッとして)聞いてンのかァ?!」
トメ「聞いてるがな……別のこと考えてたんや……(独言のようになって)……何でやろ、手配写真の顔、みんな同じような顔しとる。みんな、ねむそうで、白けてる。どいつもこいつも同じ顔や、生きとンのか死ンどんのか分らへん、何や知らん、昔知り合うた人に会うとるようや」
百合「後悔するで……はぐらかして済むことやないんやで」
トメ「(薄い笑いが浮かんで)ウチな、何んや、逆いたいんや」
  トメの脳裏を、全国指名手配の男達の顔写真がゆっくりとよぎっていく。

 シナリオでは、<小料理屋「おそめ」・店先き>となっているが、映画では石段に座った芹明香絵沢萌子によってこの科白が交わされる。
http://www.mapfan.com/index.cgi?MAP=E135.30.33.7N34.38.22.9&ZM=12



18 ガード下(同・深夜)

  トメ、客を引いてる。
  浅見が来る。
  トメ、無表情で迎える。
浅見「顔つぶされるまで懲りへんのか」
トメ「つぶしてみィ。ウチはな、此処しかええ場所がないんや、殺されたかて、此処で稼ぐんや」
浅見「何ィ、もう一遍いうてみい!なめとるんちゃうか、え?」
  浅見、胸倉を掴んで引き寄せ、殴りつける。
トメ「殴れ!殴れ!そンだけか?!こたえへんぞ!」
浅見「このアマ!」
トメ「殺せ、殺してみィ……!」
  トメ、殴られ、けり倒される。
トメ「そンだけか、どないしたンや、え?」

45 ガード下(夜)

  トメ、客を引いている。
  通りすがりの男達に声をかけるが、うまく乗って来ない。
  トメ、ぶらりと歩き出す。
  暗がりを通り抜けようとした時、ふいに男が立ちふさがるようにして現れる。
  トメ、ぎくっと停り、相手をすかし見る。
  男は斉藤である。
  斉藤、焦燥し切っており、眼だけが鋭く光っている。
斉藤「文江、知らへんやろか、何処にいるか……!?」
トメ「あきらめるんやな、もう、ヒモつきや」
斉藤「(がく然として)ワイ、仕事探しに行ってたンや!それが……文江……」
トメ「今頃、出て行ったら、おだやかには済まンで」

 2シーンに渡って登場するガード下はJR環状線下を通天閣側へ抜ける歩道で、ここも基本的に変化はない。
 S18では、<浅見、胸倉を掴んで引き寄せ、殴りつける。>までがここで撮影され、トメは通天閣の見える空き地に引っ張って行かれ、そこで続きの科白を喋り、殴られる。
 S45では、<斉藤、焦燥し切っており、眼だけが鋭く光っている。>までがガード下で、続きの科白は通天閣近くの、づぼら屋前で撮影されている。
http://www.mapfan.com/index.cgi?MAP=E135.30.30.7N34.38.44.5&ZM=12

 
 ちなみに、ガード下は通天閣近くなので、まだ安全だが、階段はモロその場所になるので、物見遊山的に行かれることはオススメしない。いくら近隣に高層マンションが建ち並び、時代の波が徐々に押し寄せていると言っても、変わらないものは変わらない場であることには違いなく、撮影は絶対に禁止である。学生の頃、後輩君の撮影につきあっていたら飛田に入り込み、ビデオを向けた途端、遣り手婆が飛び出してきて、恐ろしい目に遭ったこともあるので。階段はマンション側を向いているので、そう問題もないだろうが、それでも自分は写メでフレームを決め込まずにそそくさと撮った。後で落ち合った友人は、ようそんなチンピラみたいな派手な格好でうろつくなと呆れたが、行くなら普通の客っぽい素振りで歩いた方が良い。